stage

2024年2月27日 (火)

サブテレニアンプロデュース ガザモノローグ2023  The Gaza Monologues 2023

Img_8859_20240227225401

 

「ガザ・モノローグ」は、パレスチナ自治区ガザ地区で大きな紛争と苦難を経験した人々の声と経験を紹介する演劇プロジェクトです。2010年にパレスチナのラマッラーにあるアシュタール劇場とイスラエルのハイファにあるアル・ミダーン劇場の共同プロジェクトとして、進行中のイスラエル・パレスチナ紛争とガザの人道危機への抵抗の表現として産まれました。


何年にもわたって、「ガザ・モノローグ」は進化を続けており、変化する現場の現実を反映するために新しいモノローグが追加されています。

「ガザ・モノローグ2023」は2023年のパレスチナ連帯の日(11月29日)に世界中の劇場で上演されました。日本ではデモの中で朗読されましたが、劇場での公演はありませんでした。

「ガザ・モノローグ」に共鳴したサブテレニアンは、パレスチナ連帯に加わりたいと考え、テキストを翻訳し、三人の俳優による朗読の公演を行いました。

You Tubeに全編をアップしていますので、ぜひご覧ください。
The Gaza Monologues 2023 サブテレニアンプロデュース ガザモノローグ 


アフタートークには『パレスチナ/イスラエル論』の著者で東京経済大学教授の早尾貴紀さんをゲストにむかえました。早尾さんは「通常の理解をはるかに超える、理性それ自体を無化するような暴力を、同時代を生きる我々が、それでも想像力を働かせ理解することが問われている」と語りました。また、パレスチナでの滞在で出会った詩人サーミ・アイ・カシムとの思い出に触れ、政治や抵抗の詩に節をつけて歌うことが日常であることを語ってくださいました。政治、文化、日常が近づくような試みを行う、サブテレニアンのような取り組みを応援したいと話していただきました。
(さたけれいこ)

The Gaza Monologues 2023 at SUBTERRANEAN
2024.2.18
Text/アシュタールシアター ASHTAR THEATRE
翻訳・構成・演出/赤井康弘 AKAI Yasuhiro
出演/葉月結子 HADUKI Yuko 矢内文章(アトリエセンターフォワード) YANAI Bunshou(ATLIER CENTRE FORWARD)赤松由美(コニエレニ) AKAMATSU Yumi(koniereni)
照明/麗乃(あをともして) RENO(AWOTOMOSHITE)
After talk/早尾貴紀 HAYAO Takanori
企画・製作/赤井康弘 AKAI Yasuhiro
主催/SUBTERRANEAN

Img_8849 Img_8851 Img_8855

 

2024年1月27日 (土)

劇団허리(HURY)「サド侯爵の演出のもとにシャラントン保護施設の演劇グループによって上演されたジャン・ポール・マラーの迫害と暗殺」(マラー/サド)

板橋ビューネ2023/2024参加作品
劇団허리(HURY)「サド侯爵の演出のもとにシャラントン保護施設の演劇グループによって上演されたジャン・ポール・マラーの迫害と暗殺」(マラー/サド)
2024年1月20日・21日 (@ サブテレニアン)
原作/ペーター・ヴァイス 翻案・演出/ユ・ジュンシク 作曲・舞台監督/ユ・ヒオ 舞台美術/ユ・ジュンシク メイク/イ・リン
配役:
ジャン・ポール・マラー/イ・キョンミン シャルロット・コルデー/ユ・ヒーリー ポルポシュ(バリトン)/ジュン・テジュン シモンヌ・エブラール/キム・ジキョン デュペレ/イ・テグワン ロッシニョール(ソプラノ)/キム・ヒジュン ジャック・ルー/キム・ハクジュ クールミエ/チョ・サンウ 看護尼/イ・インギュ
劇団허리(HURY):1990年創立。韓国・議政府を拠点に「チャンドン劇場」「アートスペース・フセオサ」を運営。韓国の断絶の克服、国家による暴力、自然を通した人生などの物語を中心に創作する韓国の劇団である。

上演の一部をYOUTUBEで配信しています。
허리「マラー/サド」 『あなたのための行進曲』

허리「マラー/サド」劇中歌 

허리「マラー/サド」劇中歌ラスト


<公演後のアフタートークより>
1月20日・21日 ユ・ジュンシク(劇団HURY)・赤井康弘(サブテレニアン)・桔川純子(通訳)

赤井:劇団HURYは、ソウルと議政府の二拠点に劇場を構え、活動していらっしゃいます。なぜそのような形態をとっていらっしゃるのですか?

ユ:韓国の文化芸術はソウルに集中しています。ソウルに足をおかないと、継続することは難しいです。議政府市は、DMZ、北朝鮮との国境に近いところにあります。韓国においては、南北の分断は大きな問題です。分断は国民に害を与えています。芸術家が被っている害もとても大きなものです。国家は北朝鮮の脅威を煽ってきますが、その脅威に騙されるな、という思いで演劇をしています。
 劇団名の「허리」「HURY」は韓国語で「腰」という意味です。議政府市は韓国の腰にあたります。南北の分断で韓国はいわば腰を切られた状態にあるといえますが、再生を願って活動をしています。
 再生をして、和合をしたい。家庭も、恋愛も、民族も、再び出会って和合をすることは大事なことです。
 そうした活動も、ソウルで公演してこそ運営ができています。私は、人に恵まれているので、ソウルでも活動ができています。


赤井:「マラー/サド」はフランス革命を背景にして全体主義のマラー、個人主義のサドという対立がありますが、ジュンシクさんはどちらの立場をとりたいと思っていらっしゃいますか?

ユ:私はサドを演じましたが、立場としてはマラーを支持しています。だから、演じる時に矛盾を感じましたね(笑)


赤井:劇中では、韓国の光州事件で歌われた民衆歌が歌われましたね。

ユ:今回の「マラー/サド」は韓国を舞台に翻案して、四つの次元があるといえます。一つは劇中劇の主題である、フランス革命でマラーが暗殺された事件の次元、そして、それをサド侯爵が劇として取り上げたという設定の15年後の次元、ペーター・ヴァイスが戯曲を書いた次元、そして舞台としてとりあげた韓国の次元です。ラストの場面ではナポレオンの肖像が掲げられましたが、それはユン・ソンニュル大統領
にも、岸田首相にも置き換え可能です。


赤井:韓国で上演した時はどのように受け止められましたか。

ユ:意義や意味が前面に出るものは面白くないです。最初は笑っていた観客も、だんだん何かに気付いていく、という私たちが望んでいた感想が返ってきました。


赤井:日本や世界でも共通するものはありますか?

ユ:あると思います。公演のために日本に来て、何日か過ごしてみて、日本はとても平和的な感じがしました。一緒に来た仲間とも「静かでいいね」と話していました。昔は国家が目に見える形で民衆を弾圧していましたが、いまは、メディアや教育を使って支配しています。「静かでいい」ということではなく、支配されているということではないでしょうか。教育は本当に重要です。

ーーー観客よりーーーー

質問:「マラー/サド」は映画では見たことがあるのですが、演劇の上演を見たのははじめてです。(「マラー/サド」1967年、ピーター・ブルック監督)韓国では上演されているのですか?

ユ:国家が個人に与える影響は本当に大きいです。とくに韓国でも去年から国家の圧力がとても大きくなっています。こんな時にこのような芝居を打つ意義は大きいと思っています。

質問:劇の最後でジャック・ルー(元神父・社会主義者)が叫んでいた言葉を教えてください

ユ:「あなたは何をみたのか あなたはいつ見るのか」という言葉です。ペーター・ヴァイスの意図があらわれている言葉だと思います。

質問:精神病院が舞台でしたが、患者役の役者さんそれぞれには、韓国の現代社会を想定した背景があるのでしょうか。

ユ:はい。それぞれの役に設定があります。俳優たちは、それぞれ役の設定を理解して演技しています。

ーーーーーーーーーーーーーー

公演を通じて、交流を深めたいというお互いの願いが合致して今回の公演が実現しました。今後も交流を続けたいと切に願っています。
(サブテレニアン さたけ)



S__70246409_0 S__70246405_0 S__70246408_0  S__70246407_0 S__70246403_0








2023年5月27日 (土)

民衆が立ち上がるⅢ

民衆が立ち上がるⅢ

マージナルな表現を思考するパフォーマンス
現在に屹立し、立ち向かっていくアーティスト
サブテレニアンはスクウォットになる

パフォーマンスアーティスト

米澤嶺・喫茶みつる・仮屋奈那

技術/豊川涼太 宣伝美術/美秋(Meerkat-girl) 企画・製作/赤井康弘 主催/サブテレニアン

------------------------------------------------------------

仮谷奈那

05201

ーーーこれは突如として言葉が止まらなくなった女の話。初め誰もが無意味な文節の羅列だと感じた彼女の言葉には、ある意思が隠されていた。作者が目にした出来事と取材を元に、当時の彼女の世界と周囲との関係性を、観客と共に読み解く体験型パフォーマンス。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

喫茶みつる

0520

「砂の女」は、この国の姿をシニカルに描いた作品。そのエッセンスを今回はパフォーマンスで再構築します。2009年伊藤キムプロデュース「おやじカフェ」参加。以後、数々のフェスティバル、アーティストをサポート。現在は「偽の舞踏家」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

米澤嶺

05203

油絵の制作やパフォーマンスなどを行う。今回は個展「♯アマビエのゾンビ」で行ったパフォーマンスのコロナウイルス5類版を実施。感染症予防の儀式化とアマビエの消費を行い、コロナウイルスによる報われない感情の昇華を試みる。

 

2023年4月10日 (月)

インドレニシアター(ネパール)『胎生』 永守輝如『釋蓮』

Marginal Man15では、ネパールよりインドレニシアターを迎えて、東京在住の永守輝如と舞踏のダブルビル公演を行いました。


永守輝如は『釋蓮』を上演。永守氏自身のお母様の死と向かい合ったという作品。遺灰をイメージさせるような白い粉が舞台に捲かれ、身体がまみれていく姿が印象的でした。

 

インドレニシアターは、ネパールのポカラを拠点に、普段は演劇を行っているとのことですが、日本の舞踏に影響を受け、舞踏も演じるようになったとのこと。今回の作品『胎生』は3人の舞踏の要素が入ったパフォーマンスといった作品でした。大きく広げた両手を素早く閉じる動作や、腹部から湧き上がってきて喉を震わせる甲高い声など、特徴的な要素にあふれていました。それぞれについてお話を伺うと、原点となるイメージがあるそうで、天と地、時間、瞑想など、源泉の違いを感じました。

永守輝如『釋蓮』
S__52338699 S__52338697

インドレニシアター『胎生』

S__52338694 S__52338692 S__52338696

 

2023.04.08sat 17:00
2023.04.09sun 17:00

出演/インドレニシアター(ネパール)、永守輝如(日本)

技術/豊川涼太
企画・製作/赤井康弘
主催/サブテレニアン


インドレニシアター「胎生/Embryonic」


木はどのようにして生きているのか? なぜ山は不変なのか? なぜ風は吹き続けるのか? なぜ花は無我夢中で咲くのか? 私たちの心の中には、毎日100万もの思考が生まれていますが、それらはほとんど意識されることはありません。人は日常の小さなことに戸惑い、人生の美しい面を見逃してしまうのです。この劇は、観客を川のリズムに乗せ、花のように踊り、雲のように浮かばせるでしょう。
インドレニシアターは、2019年、ケダー・ラト・ポーデルを中心に、ネパール・ポカラで設立されました。ネパールを中心にイタリアや韓国等海外でも積極的に公演を行なっています。今回は初来日公演。


永守輝如「釋蓮」


俳優、舞踏家。
映像、演劇、人形劇などに出演しています。
WOWOW「Tokyo Vice」、Netflix「Giri / Haji」、サイマル演劇団+コニエレニ「コスモス/KOSMOS」日本/ポーランド公演、種のアトリエ「モモ」「竹取物語」台湾公演、グラシオブルオ「からすたろう」タイ公演などに出演。
舞踏は大野一雄舞踏研究所で大野慶人に師事。イタリア、オランダ、ポーランド、インドでソロ舞踏公演。日本では北海道舞踏フェスティバル、アジアトライ秋田、無国籍ソロダンスコレクション、板橋舞踏祭などに出演。

 

2023年1月29日 (日)

サブテレニアンプロデュース「(仮)シオラン試作」​ワークショップオーディション

サブテレニアンプロデュース「(仮)シオラン試作」​ワークショップオーディションが1月20日、21日と2日間にわたって開催されました。16名の方にご参加いただきました。参加いただいた方から出演者を選考し、7月に上演いたします。楽しみにお待ちください。

--------------------------------------

サブテレニアンプロデュース
「(仮)シオラン試作」
原作/エミール・シオラン
構成・演出/豊川涼太(街の星座)

 

2023年7月27日〜7月30日
会場/サブテレニアン

企画・製作/赤井康弘

​主催/サブテレニアン

シオランのテキストから感じる、生と現実への絶対的な否認、
それは私達には劇薬であるかもしれない。
しかし毒とはまた薬でもあることはその語源(φάρμακον=pharmakon)からも明らかである。

「彼のテキストは合理化する現代社会へのアンチテーゼとなりうる!」
と言い切ることはできない。
そのような現実への処方箋として彼のテキストを利用することは、また別の罠にハマることを意味する。
私たちにできることは、彼の言葉を拝借し、俳優の身体とごちゃ混ぜにして作られたキメラを、観客の眼前に晒すこと。
それ以上でもそれ以下でもないのだろう。

WSオーディションでは、上演を音楽と捉え、互いの相互作用によるポリフォニックな作品の形を目指すこと。
また、楽器としての俳優の身体性を考える機会になれば良いと思っています。

エミール・シオラン/ルーマニア生まれの作家、思想家。若年期のエクスタシー体験と、メランコリー、鬱、不眠など、生涯にわたる精神的苦悩をもとに特異なニヒリズム的思索を展開した。1911年生まれ。1937年パリに移り住み、後年はフランス語で数多くの著作を残した。「私たちはある国に住むのではない。ある国語に住むのだ。祖国とは国語だ。それ以外の何ものでもない」などの名言を残した。著書に『絶望のきわみで』『思想の黄昏』『告白と呪詛』『悪しき造物主』ほか多数。

豊川涼太/街の星座、主宰。演出家、劇作家。

青森県出身。高校在学中に演劇、劇作活動をスタート。2017年に「街の星座」を旗揚げ。

2019年、「銀河鉄道の夜」(原作:宮沢賢治)で日韓ツアーを敢行。韓国・礼山、礼唐国際大学演劇祭特別賞受賞。

丁寧な会話劇から身体性に溢れた作品まで幅広い作風で、音楽的でパーカッシブな演出を行う。

2021年6月 5日 (土)

劇団肋骨蜜柑同好会meetsCLASSICS No.3『走れメロス ~TOKYO20XX~』サブテレニアン15周年記念月間 嶋谷 佳恵インタビュー

劇団肋骨蜜柑同好会meetsCLASSICS No.3『走れメロス ~TOKYO20XX~』6/8-13

劇団肋骨蜜柑同好会

 東京を中心に演劇活動を行う。
2010年の旗揚げから現在に至るまで、手探りで、暗中を模索するように活動中。
 主宰フジタの標榜する「演劇とは方法論ではなく存在論である」という言葉のもとに 、言語による世界の腑分けを試み、「生きづらさ」を抱えた人たちの救いとなることを考えている。
 頭のねじがどこか緩んでいるようなズレた登場人物と、捩れたメタフィクション的な構造、既製品を多用したシンプルで分裂的な舞台構成が特徴。
 ストーリーやメッセージを極端に廃し、あるいは換骨奪胎し、あるいは解体し、その先の地平にたどり着くべく、過剰に論理的に「なぜ演劇なのか」を問い続ける。問い続けたい。問い続けられますように。
 コミュニケーションはいつも、祈りの形に。(劇団HPより)


 サブテレニアンでは、15周年記念月間として、劇団肋骨蜜柑同好会を迎える。感染対策のため、客席数を劇場定数の25%程度に削減しての公演だ。配信での公演もあるので、ぜひご覧いただきたい。
 劇団肋骨蜜柑同好会は、第一回公演をサブテレニアンで行っている。(2010年『レインコートの悪魔』)その後活躍の幅を広げ、王子小劇場、シアターミラクルなど、東京都内の小劇場で数多くの公演を行ってきた。今回は、主宰のフジタタイセイさん、出演する劇団員の嶋谷佳恵さん、藤本悠希さんにお話を伺った。

 

嶋谷 佳恵
2019年入団。カラリとした笑い声と地に足ついた立姿で確かな存在感を醸し出す女優。しなやかなバネの強さで、鬱屈した芝居から漫画的キャラクターまで幅広く乗りこなす。俳優業だけでなく、劇団全体の総務も兼任。好物は豆と酒。(劇団HPより)

 

---劇団のyoutubeチャンネルで公開された『あなうま』を拝見しました。とてもパワフルな役者さんだと思いました。今日は稽古を見学させていただいて、声が魅力的で、高い声から低い声まで綺麗で感心しました。

 

 ご覧いただきありがとうございます。『あなうま』は guizillen の佐藤さんという方が企画した『モノローグ演劇祭』に2年前に参加した時の作品です。
 この作品で王子小劇場主宰の企画に再度参加する予定だったのですが、イベントが中止となってしまったため、動画を撮って配信しました。

 

---嶋谷さんがモノローグ演劇祭に出ようと思い、フジタさんに脚本を依頼したとのことですね。その理由を教えてください。

 

 当時は劇団員ではなかったのですが、肋骨蜜柑の作品がすごく好きで、毎回お客さんとして観に行っていたんです。ファンの一人でした。
 フジタさんの作品には、登場人物のモノローグが毎回出てくるのですが、それがすごく好きで、もし一人芝居をやるなら「フジタさんに書いてもらうしかない」と思ったんです。

 

---その後劇団に入られたのですね。演劇活動を始める前は何をなさっていたのですか。

 

 大学を卒業した後、ずっとアルバイトをしていたんです。北海道の実家からは「フリーターをしているなら帰ってきなさい」と言われていました。その後、就職活動をしたのですが、仕事をやろうという目標がなくて。でも、演劇は好きだったので、好きだったからやってみようと思いたちました。

 

---コロナ禍で困ったことはありましたか。

 

 今は商業演劇のスタッフの仕事で収入を得ているのですが、2か月くらい活動が何も無くなってしまい、やる気がおきなくて呆然としていました。お金がないから生活もできないし。困りましたね。
 その後、対策をしながら公演を行うことができるようになってきました。

 

---それは大変でしたね。今も観客数を減らしての公演だと運営は厳しいのではないですか。

 

 私が関わっているところは、主に演劇のグッズ販売を行っていて、通信販売が好調です。実際の公演でもスタッフに入りますが、グッズの販売などは密を避けるために休止しています。


---肋骨蜜柑同好会でもグッズを販売されていますね。今回の公演のDVDも販売されるとか。

 

 肋骨蜜柑では私はグッズ販売に関わっていないのですけどね。スタッフの桜義一さんが担っています。

 

---今回の公演もそうですが、ストリーミングやDVDで楽しめるのも良いですよね。アバラジオもyoutubeで楽しめますものね。

 

 はい。遠方の方も見れるのも良いですよね。もちろん生で見るのとは違いますが、いろんな楽しみ方があるのは良いと思います。個人的にはコロナが治まっても、楽しみ方の選択肢はたくさんあるとよいな、と思います。

 

---今回の公演、そして今後の嶋谷さんの俳優としてのご活躍、楽しみにしています。お話聞かせていただきありがとうございました。(聞き手 さたけれいこ)

 

 

劇団肋骨蜜柑同好会meetsCLASSICS No.3『走れメロス ~TOKYO20XX~』サブテレニアン15周年記念月間 藤本 悠希インタビュー

劇団肋骨蜜柑同好会meetsCLASSICS No.3『走れメロス ~TOKYO20XX~』6/8-13

劇団肋骨蜜柑同好会

 東京を中心に演劇活動を行う。
2010年の旗揚げから現在に至るまで、手探りで、暗中を模索するように活動中。
 主宰フジタの標榜する「演劇とは方法論ではなく存在論である」という言葉のもとに 、言語による世界の腑分けを試み、「生きづらさ」を抱えた人たちの救いとなることを考えている。
 頭のねじがどこか緩んでいるようなズレた登場人物と、捩れたメタフィクション的な構造、既製品を多用したシンプルで分裂的な舞台構成が特徴。
 ストーリーやメッセージを極端に廃し、あるいは換骨奪胎し、あるいは解体し、その先の地平にたどり着くべく、過剰に論理的に「なぜ演劇なのか」を問い続ける。問い続けたい。問い続けられますように。
 コミュニケーションはいつも、祈りの形に。(劇団HPより)


 サブテレニアンでは、15周年記念月間として、劇団肋骨蜜柑同好会を迎える。感染対策のため、客席数を劇場定数の25%程度に削減しての公演だ。配信での公演もあるので、ぜひご覧いただきたい。
 劇団肋骨蜜柑同好会は、第一回公演をサブテレニアンで行っている。(2010年『レインコートの悪魔』)その後活躍の幅を広げ、王子小劇場、シアターミラクルなど、東京都内の小劇場で数多くの公演を行ってきた。今回は、主宰のフジタタイセイさん、出演する劇団員の嶋谷佳恵さん、藤本悠希さんにお話を伺った。


藤本 悠希
2018年入団。その迸る演劇愛と、繊細で大胆な演技で観客を魅了する。常に丁寧でストイックであり、ベビーフェイスな見た目と相まって人好きのするタイプであるが、ややナイーブな一面も。卒論は野田秀樹で書いた。好物は肉とチーズ。(劇団HPより)

 

ーーー劇団のyoutubeチャンネルで配信中のアバラジオを拝見しました。「どうして劇団に入ったのか」について語っていらっしゃいましたね。

 

 第一回のアバラジオですね。まだアバラジオがアバラジオの形をなしていなかった頃です。

 

---『あまちゃん』が大好きで映画や演劇にはまっていったと。

 

 大学に入るまではお芝居を観たことがなかったんです。ドラマや映画を見るのは好きでした。

 

---笑顔が素敵でいらっしゃいますね。稽古では、まるでスポーツのように動き回っているのが印象的でした。

 

 肋骨蜜柑同好会の芝居は、短い時間でたくさん動いて、台詞も結構な分量を喋るのでそう見えるのだと思います。また、自分だけで完結せず、共演者と呼吸を合わせないと成立しないので、毎回「スポーツのようだ」という感想をいただきます。

 

---スポーツのご経験はあるのですか。

 

 小学校は水泳とサッカー、中学校で軟式テニス、高校では硬式テニスをやっていました。部活動でスポーツを行っていた時よりも、演劇を始めてからの方が身体への神経の使い方がわかってきたような気がします。より身体のことを意識するようになりました。いま考えると部活動では漠然とやっていましたね。

 

---劇団肋骨蜜柑同好会との出会いについて教えてください。

 

 『愛の技巧、または彷徨するヒト胎盤性ラクトーゲンのみる夢』(2016年@シアター風姿花伝)を観て、面白いと思ったのが最初の出会いです。会話劇かと思ってみていたら、どんどん雲行きが怪しくなって、「これは何が起こっているんだ?」と引き込まれていきました。
 その後すぐに、シアターミラクルで行われる『ミラクル祭'17』にフジタさんが参加することを知り、オーディションを受けて合格して出演しました。

 

---良い出会いでしたね。

 

 本当にそうですね。出会っていなかったら「人生変わっていたな」と思います。何事においてもそうですけどね。

 

---大学の卒論が野田秀樹について書かれたとのことですね。

 

 明治学院大学の文学部の芸術学科で学んでいました。入った当初は映画やドラマに興味があったのですが、大学のサークルで演劇にはまり、演劇を学ぶメディア論のコースを選択しました。


---コロナ禍で大変ではなかったですか。

 

 アルバイト先はしっかりと補償を出してくれるところだったので、助かりました。演劇で生計を立てているわけではなかったことが、結果的に救われたような感じです。知人、友人がアルバイトの仕事を減らされて大変という話はよく聞きます。

 

ーーー公演自体が危ぶまれる中、劇団の活動を支えて、公演を行ってくださることは、本当に有難いと思っています。藤本さんの今後の俳優としてのご活躍も期待しています。(聞き手 さたけれいこ)

 

劇団肋骨蜜柑同好会meetsCLASSICS No.3『走れメロス ~TOKYO20XX~』サブテレニアン15周年記念月間 フジタタイセイインタビュー

サブテレニアン15周年記念月間

 

劇団肋骨蜜柑同好会meetsCLASSICS No.3『走れメロス ~TOKYO20XX~』6/8-13

 

劇団肋骨蜜柑同好会

 東京を中心に演劇活動を行う。
2010年の旗揚げから現在に至るまで、手探りで、暗中を模索するように活動中。
 主宰フジタの標榜する「演劇とは方法論ではなく存在論である」という言葉のもとに 、言語による世界の腑分けを試み、「生きづらさ」を抱えた人たちの救いとなることを考えている。
 頭のねじがどこか緩んでいるようなズレた登場人物と、捩れたメタフィクション的な構造、既製品を多用したシンプルで分裂的な舞台構成が特徴。
 ストーリーやメッセージを極端に廃し、あるいは換骨奪胎し、あるいは解体し、その先の地平にたどり着くべく、過剰に論理的に「なぜ演劇なのか」を問い続ける。問い続けたい。問い続けられますように。
 コミュニケーションはいつも、祈りの形に。(劇団HPより)


 サブテレニアンでは、15周年記念月間として、劇団肋骨蜜柑同好会を迎える。感染対策のため、客席数を劇場定数の25%程度に削減しての公演だ。配信での公演もあるので、ぜひご覧いただきたい。
 劇団肋骨蜜柑同好会は、第一回公演をサブテレニアンで行っている。(2010年『レインコートの悪魔』)その後活躍の幅を広げ、王子小劇場、シアターミラクルなど、東京都内の小劇場で数多くの公演を行ってきた。今回は、主宰のフジタタイセイさん、出演する劇団員の嶋谷佳恵さん、藤本悠希さんにお話を伺った。


フジタタイセイ
 劇団肋骨蜜柑同好会の主宰・メインディレクター。ミニマルな会話で虚と実のルールを捻じ曲げる脚本と、俳優個人に固有の体験、欠落や傷跡をさらけ出させるような、メタフィクション的で魔術的な演出が特徴。ネガティブ。(劇団HPより)

 

ーーーインパクトのある劇団名が気になっていて、由来をホームページで拝見しました。「骨の中でも肋骨が好きで、肋骨の後ろに何を付けるか後輩に聞いたら、『蜜柑』という答えが返ってきた」と。それでもわからなかったのでお聞きしたいのですが、なぜ「同好会」を付けたのでしょうか。

 

 言葉のリズムが良くなると思ったからです。たまたま演劇をやっているだけの集団という思いもあります。

 

---でも、劇団なんですよね。フリーの役者さんや、その時々のユニットで活動する団体も多いと思うのですが。

 

 劇団というものへの漠然とした憧れがありました。東京で劇団をやりたいと思っていたんです。田舎で生まれて、田舎の大学に行ったので。

 

---筑波大学の在学中に劇団をはじめられたのですよね。お生まれはどちらですか。

 

 青森です。大学に行って、東京の劇団をいっぱい見ようと思っていたのに、茨城から東京ってすごく遠いんですよ。

 

---劇団って重くないですか?

 

 僕たちは重くないんですよ。活動も全員参加ではないんです。
 僕たちの劇団は港のような、ホームグラウンドのようなところだという思いがあります。劇団員にはスタッフとして関わっている方がたくさんいて、彼等は皆仕事を持っているんです。彼等が「やりたい」と思ったときに、現場があって、参加できる状態にしておきたいんです。僕はそれが楽しいと思っています。
 劇団名については「『劇団』を取った方がいいよ」とか「『同好会』をとった方がいいよ」とかいろいろ言われるんですけど、両方名乗っているのがうちの劇団です。

 

ーーー他の劇団とは違う方法論等は何かありますか。

 

 一つ確実に言えるのは、僕は体系的に演劇を学んできた人間ではない。しかもたくさん演劇を観ているタイプでもない。戯曲も、演劇の本も読みますが、そんなに一生懸命読んでいるわけではない。
 野良演劇人間なんですよ。
 演劇的なバックボーンとか地盤を持たずにここまでやってきて、いろんなところでいろんな知識を手に入れて、「次はこれを試してみよう」ということを十年ずっと繰り返してきた結果、異様なキメラのような演劇理論が僕の中で出来始めているという実感があります。それは、あまり見たことのない形のもので、僕はそれを面白いと思っています。
 元々「肋骨」と「蜜柑」という二つの言葉を合わせて別のものが生まれるように、作劇や演技や演出でもいろんなところからいろんなものを、遠いものだけど根底のところは繋がっているものを結び付けながら作り上げているところは、劇団名に近づいてきていると思います。

 

---サブテレニアンでの第一回公演を私は拝見していて、そのときのことを思い出しています。「なんだか演劇っぽくない演劇だな」「若くてお洒落な感じだな」と思ったのを覚えています。大きな声も出していなかったですし。今の方が声も大きいですよね。

 

 あの頃はコントが大好きだったんです。そこから不条理劇が好きになって、別役実、イヨネスコ、ベケット、ケラリーノ・サンドロヴィッチなどを見たり読んだりするようになりました。
 「異常なルールで進行している空間を、短くルールだけ提示する短編演劇」のことをコントだと思っていたんです。第一回公演ではそれをやりたくて、異常なルールだけが提示される静かな短編演劇7本を上演しました。
 それから年月が経って、「わーっ」とやるのが楽しいと思うようになったんです。人間が大きな声を出して、肉体を酷使することで、現実のルールを肉体が逸脱していく。それは演劇でしかできないことだと思うんです。
 ルールでがんじがらめになった身体の形、あり方を、身体自身が劇のルールを持ち上げて違うところに持っていく、そんなことを公演ではやったりやらなかったりしています。今回の『走れメロス ~TOKYO20XX~』はその色が強い公演です。


---劇団のホームページの劇団紹介に「『なぜ演劇なのか』を問い続ける。」とありましたね。共感しました。


 多分、ずっとルールのことを考えているんだと思います。空間のルール、演技のルール、戯曲を書く上で自分にルールを課すということもあります。十年間、いろんなルールを試しているという感じが近いです。


---今回の『走れメロス ~TOKYO20XX~』についてお聞かせください。端的に言って、オリンピックと関係があるのですか?

 

 あるような、ないようなという感じです。詳しくは見ていただいた方がよいと思います。
 「走れメロス」という小説が如何にして生まれた小説なのかということを、ある種誤読、曲解することでオリンピックになぞらえることができるんじゃないかという発想が先ずありました。
 太宰治が「走れメロス」を書いた時期というのが、構想が1936年、執筆、出版が1940年なんですが、これはベルリンオリンピックと中止になった東京オリンピックに挟まれた時期なんです。太宰治が、どのような心境、苦悩の中で書いたのかということを、曲解に次ぐ曲解、誤読に次ぐ誤読で、見たことのない形にできたら、と思っています。

 

---残席は少ないそうですが、配信、DVD販売もあるとのことですね。今回の公演、とても楽しみにしています。(聞き手 さたけれいこ)

2021年5月 6日 (木)

アシカビ『ささやかな革命』サブテレニアン15周年記念月間

サブテレニアン15周年記念月間

 

『ささやかな革命』アシカビ
2021/5/12-16

 

アシカビ

生野和人の一人芝居。出演、脚本、演出、照明、音響、美術、舞台、制作、受付から全てを一人で行う公演……等と言えば、周りからは「凄いね」と言われるが、実際は『人とスケジュールを合わせるのが面倒』『スタッフへの気遣いやコミュニケーションが面倒』『面倒、面倒、面倒……』で始めた公演。でも今更になって、頼める事は人に頼んだ方が面倒は少ないと気づき始めている……。でも、今回も一人でやる。手伝ってくれる人を探すのが面倒だから……。

 

 サブテレニアンは15周年記念月間として、5月12日よりアシカビを迎える。アシカビはこれまでサブテレニアンで三作品を上演してきた。(『突如、ざあっと雨の降りだす音.・・・。』『どとくさまくら』『先ず、彼は喉の渇きを訴えた』)いずれの作品も「出演、脚本、演出、照明、音響、美術、舞台、制作、受付から全てを一人で行う」というスタイルでの公演で、独自性が群を抜いている。今回は、アシカビの生野和人さんにお話をうかがった。


---今回の『ささやかな革命』は河原で稽古をしていらっしゃると聞きました。

 

 はい。普段利用している施設が感染予防で使えないため、江戸川の河原で稽古をしています。僕の場合、稽古といっても一人っきりです。スタッフさんに見てもらうことはあるのですが、今回はそれもしていません。

 

---いつからいまのスタイルで公演していらっしゃるのですか。

 

 いまの「アシカビ」の前は、「ハンザキ」といって二人芝居をしていたんです。僕が脚本と演出を担当して、客演の方を毎回呼ぶというスタイルでした。それがいつからか面倒になってしまって…。
 一人芝居を始めたのは、大阪のインディペンデントシアターの一人芝居フェスティバルに出演したのが最初です。その時は脚本と出演で参加しました。観客投票が出演者7人中7位で、全く受けませんでした。トップバッターで、場の雰囲気を作るのが難しかったですね。お客さんは笑いを望んでいるようなところがあったのですが、そういう芝居でもなかったので。
 その後、西伊豆の土肥金山の古民家で一人芝居をしました。古いアパートで眠っている奥さんの身体を拭くという芝居です。この作品はサブテレニアンでも上演しました。その後はサブテレニアンで二作品を上演しました。そのうちに今のスタイルに落ち着きました。

 

ーーー私も拝見しました。アシカビさんの作品は、「笑ってよいのか、悪いのか」という微妙な線を作品を通して貫かれている点が優れていると感じました。

 

 「笑ってよいのか、悪いのか」という点はインディペンデントシアターで上演した際に知人からも言われました。

 

ーーーその後の「アシカビ」では脚本、演出、出演…と全部ご自分でなされているんですね。

 

 一番やりたいのは脚本を書くことです。芝居をやるために上京したかったのですが、親は理解してくれなかったので、上京して一年間は電気工事の仕事をしてお金を貯めました。100万円貯めて、親にも言い訳が立つだろうと思い、仕事を辞めて劇団に入りました。当時は100万円といったら、一生食べていけるくらいのお金のように思っていたのですが、すぐになくなってしまいましたね。なくなってからも一日桃の缶詰一つとかで食費をきりつめ、劇団の稽古と、稽古に行かない時は布団の上で本を読むという毎日でした。そうしたら、布団が真っ二つに割れてしまったんですよ!同じところに座り続けたからでしょう。「さすがにダメだな」と思って、バイトを始めました。
 劇団とバイトの日々でしたが、劇団の芝居が面白くなくて…。特に脚本に納得がいかなかったんです。そのうちに劇団が解散になってしまいました。

 

ーーーそれでご自分ではじめられたのですね。サブテレニアン以外ではどのようなところで公演しているのですか。

 

 高田馬場のプロトシアターで公演しました。小屋の方に結構気に入ってもらっていました。他には先ほど言ったインディペンデントシアターや古民家、今稽古している河原でもやりました。芝居の中で江戸川に飛び込んでみたかったんです。芝居は昼に始まり、次第に日が暮れてくるという設定で、自然光で上演しました。
 僕は小屋で上演する際は、大体一時間くらいの室内の話を書いているんです。室外の設定でもやってみたことがあるのですが、照明の方に「だんだん日が暮れていく設定にしてください」とお願いしても、難しいんですよね…太陽が西に沈んでいく経過を照明で表現するのって。それで、必然的に室内の設定になるのですが。

 

ーーーこだわっていらっしゃるんですね。確かに舞台を拝見すると、細かいところが「リアルだな」と思います。そして、お聞きして驚いたのですが、舞台上の時間の経過が実際の時間と合ってているのですね。

 

 そういうことが多いですね。

 

ーーーこだわりというと、古銭へのこだわりがある作品がありましたが、古いものがお好きなのですか。

 

 古道具やさんを見つけると、必ず立ち寄ります。一番好きなのは腕時計で、外国の銀貨集めも好きです。寄生虫博物館などのB級スポットめぐりや石集めなども趣味です。鉱石を拾いに鉱山によく行きます。

 

ーーー映画や小説ではどのようなものがお好きですか。

 

 映画は、黒沢清監督が大好きです。小説では安部公房と村上春樹です。

 

ーーー今回はどんな作品になりそうですか。

 

 部屋の中にずっといる鬱屈した男の話なんです。なんだか、ステイホームで思いついたように思われそうですが、昔からあたためていた設定なんですよ。モデルにした方が近所に住んでいるのですが、その人をずっと観察しているうちに、妄想が膨らんできたんです。詳しくは作品をご覧いただいてのお楽しみにしたいと思います。

 

ーーーいつもサブテレニアンの空間を上手に使っていただき嬉しいと思っていました。お話を聞かせていただいて、細部へのこだわりがそうさせているのだと気付きました。脚本、演出、出演とすべてお一人で担っている点もサブテレニアンの小さな空間に適していると思っていましたが、図らずもコロナ禍の状況でも上演可能なスタイルだったのかもしれないですね。今後のご活躍も楽しみにしています。

(聞き手 さたけれいこ)

 

2021年4月29日 (木)

濵田明李『Largo Longueur』サブテレニアン15周年記念月間

サブテレニアン15周年記念月間

 

Largo Longueur』 濵田明李

2021/5/2-5

 

濵田明李 はまだ・みり

1992年高知県南国市生まれ。武蔵野美術大学油絵学科油絵専攻 卒業。

パフォーマンスで作品をやり始めしっくり来る。その中では、達成を目指さなかったり、中止したり、その場所の特性を取り入れたり、オブジェを持ってきて、15分とか20分とかのあいだに起きる一連のことを観客と共有するというのが特徴。

2017年から2019年位までのメキシコに住み、好奇心の赴くままに学ぶ。

他のアーティストとの有形無形の恊働や自主企画にも積極的。

 

ーーサブテレニアンでは、過去2回、濱田さんの企画でパフォーマンス公演を行っていただきました。その後、2017年から2019年までメキシコにいらっしゃったそうですが、どのようなことをしていたのですか。

 

 外国人学校でスペイン語やメキシコの歴史などを勉強していました。学校はアートとは関係なく、出自や仕事も様々な、10代から60代まで幅広い世代の方が通っていました。

 また、メキシコでパフォーマンスを行っているアーティストを知人に紹介してもらって、美術館やギャラリーなどで行われているワークショップ等に参加しました。自分でもパフォーマンスを行いました。

 メキシコの平均年齢は20代で、日本は40代なんだそうです。端的に若者が多いという印象があります。デモも盛んで、たくさん人が集まってきます。

 悲しいことに女性に対する犯罪は多いです。地下鉄の中には行方不明の若い女性の写真がたくさん貼ってあって驚きました。女性をフォーカスしている展示は多かったです。貧富の格差も大きく、先住民への差別も感じました。

 

ーーー濱田さんとはNIPAFの公演で知り合いましたね。

 

 はい。NIPAFの霜田誠二さんに武蔵野美術大学の映像科の授業で学んで、公演にも参加しました。いろんな国の人が参加していて、外国にも何度か行きました。

 

---私はサブテレニアンで、東急ハンズの買い物袋や、アマゾンで届いた段ボール箱をその場で開けていくというパフォーマンスを拝見しました。無機質な物と、それに向かい合っている濱田さんとの距離感が印象的でした。一方、メキシコの路上とアルゼンチンのギャラリーで行ったパフォーマンスをネットで拝見したのですが、こちらは布や、観客が運んできた石などの素材を使っていて、身体との接触もあり、違いを感じました。

 

  私のパフォーマンスでは、身体にアプローチするよりも、愛着のない物質を使うことが多いです。日本で行ったパフォーマンスも、メキシコ、アルゼンチンで行ったパフォーマンスも、大きな違いはありません。「物を動かしたらどうなるのか」ということに興味があります。身体はそうした物質の延長のようにとらえています。身体も物も違いがなくて、腕や足も道具というイメージがあります。

 

ーーーサブテレニアン、ギャラリー、路上など様々な場所でパフォーマンスを行っていますが、違いはありますか。

 

 路上でも、ハプニングのように突然行うわけではなく、告知をして行っているので、大きな違いは感じていません。屋内で行うときも、自分のパフォーマンスは風景のように感じてもらうことを考えています。

 パフォーマンスにもいろいろなものがあって、観客が不在でコンセプトだけのものもありますが、私の場合は観客がいることが前提です。

 

ーーースマホのゲームを使ったパフォーマンスも行っていらっしゃいましたね。

 

 はい。京都のHAPSが開催した展覧会に、ゲームを使ったパフォーマンスで参加しました。ゲームの参加者を募って、ボイスチャットをしながらゲームの空間を共有します。シューティングのゲームなので対戦を行うのですが、私はその間、小説を朗読していました。

 こちらは、いろんなハードルを乗り越えていくという点も面白かったです。アプリをダウンロードしたり、その前にスマホの容量を確保するために他のアプリを消してみたり。能動性に干渉できるのが面白かったですね。

 

ーーーコロナ禍で感じたことはありますか。

 

 イベントの宣伝がしづらいな、と感じています。親も心配だと言ってきます。2020年の秋からはイベントの機会は多くありました。

 メキシコ行きのチケットを持っているのですが、コロナ禍で行けなくなったまま今に至っています。

 あと、お酒を飲むのが好きなのですが、「飲み会の状況っておもしろかったよなー」と。夜中に友達とどこかに行っちゃったり、それまでいなかった人が来たり、またいなくなっちゃったり。面白い時間の共有の仕方していたような気がします。それってパフォーマンスっぽいような。

 生活の中にパフォーマンス的なものが紛れ込んでくることが面白いと感じています。生活にどのようにパフォーマンスの要素を入れていくか、パフォーマンスのある生活とはどんなものなのか、そんなことを考えています。

 

ーーー先ほど、メキシコは端的に若者が多いとおっしゃっていましたが、若者だから言いたいようなことはありますか。

 

 過去の遺産(文化の貯蓄)をどのように受け継いでいくか、それが困難だと感じています。若い人ほど不可分所得が大きいというか。

 

---文化の享受が所得の大小で制限されてしまうのは、貧しい社会のように感じますし、文化そのものも衰退していくような気がしますね。

 最後に、サブテレニアンでのパフォーマンスについて教えてください。

 

 実は、単独でのパフォーマンスは珍しいんです。昼と夜でちょっと違うことをやります。昼はスペイン語の"Largo"、夜はフランス語の"Longueuer"として、二つの似ているけれども違っているものについて考えてみたいと思っています。

 公演の後、毎日22時にZoom でロビー室を開催します。こちらは、作品をご覧になっていない方も参加できますので、ぜひご参加ください。

(聞き手・さたけれいこ)

濱田明李『Largo Longueur』公演詳細、ロビー室詳細はこちら→Largo Longueur』ホームページリンク

 

より以前の記事一覧