ITABASHIBÜHNE

2024年1月27日 (土)

劇団허리(HURY)「サド侯爵の演出のもとにシャラントン保護施設の演劇グループによって上演されたジャン・ポール・マラーの迫害と暗殺」(マラー/サド)

板橋ビューネ2023/2024参加作品
劇団허리(HURY)「サド侯爵の演出のもとにシャラントン保護施設の演劇グループによって上演されたジャン・ポール・マラーの迫害と暗殺」(マラー/サド)
2024年1月20日・21日 (@ サブテレニアン)
原作/ペーター・ヴァイス 翻案・演出/ユ・ジュンシク 作曲・舞台監督/ユ・ヒオ 舞台美術/ユ・ジュンシク メイク/イ・リン
配役:
ジャン・ポール・マラー/イ・キョンミン シャルロット・コルデー/ユ・ヒーリー ポルポシュ(バリトン)/ジュン・テジュン シモンヌ・エブラール/キム・ジキョン デュペレ/イ・テグワン ロッシニョール(ソプラノ)/キム・ヒジュン ジャック・ルー/キム・ハクジュ クールミエ/チョ・サンウ 看護尼/イ・インギュ
劇団허리(HURY):1990年創立。韓国・議政府を拠点に「チャンドン劇場」「アートスペース・フセオサ」を運営。韓国の断絶の克服、国家による暴力、自然を通した人生などの物語を中心に創作する韓国の劇団である。

上演の一部をYOUTUBEで配信しています。
허리「マラー/サド」 『あなたのための行進曲』

허리「マラー/サド」劇中歌 

허리「マラー/サド」劇中歌ラスト


<公演後のアフタートークより>
1月20日・21日 ユ・ジュンシク(劇団HURY)・赤井康弘(サブテレニアン)・桔川純子(通訳)

赤井:劇団HURYは、ソウルと議政府の二拠点に劇場を構え、活動していらっしゃいます。なぜそのような形態をとっていらっしゃるのですか?

ユ:韓国の文化芸術はソウルに集中しています。ソウルに足をおかないと、継続することは難しいです。議政府市は、DMZ、北朝鮮との国境に近いところにあります。韓国においては、南北の分断は大きな問題です。分断は国民に害を与えています。芸術家が被っている害もとても大きなものです。国家は北朝鮮の脅威を煽ってきますが、その脅威に騙されるな、という思いで演劇をしています。
 劇団名の「허리」「HURY」は韓国語で「腰」という意味です。議政府市は韓国の腰にあたります。南北の分断で韓国はいわば腰を切られた状態にあるといえますが、再生を願って活動をしています。
 再生をして、和合をしたい。家庭も、恋愛も、民族も、再び出会って和合をすることは大事なことです。
 そうした活動も、ソウルで公演してこそ運営ができています。私は、人に恵まれているので、ソウルでも活動ができています。


赤井:「マラー/サド」はフランス革命を背景にして全体主義のマラー、個人主義のサドという対立がありますが、ジュンシクさんはどちらの立場をとりたいと思っていらっしゃいますか?

ユ:私はサドを演じましたが、立場としてはマラーを支持しています。だから、演じる時に矛盾を感じましたね(笑)


赤井:劇中では、韓国の光州事件で歌われた民衆歌が歌われましたね。

ユ:今回の「マラー/サド」は韓国を舞台に翻案して、四つの次元があるといえます。一つは劇中劇の主題である、フランス革命でマラーが暗殺された事件の次元、そして、それをサド侯爵が劇として取り上げたという設定の15年後の次元、ペーター・ヴァイスが戯曲を書いた次元、そして舞台としてとりあげた韓国の次元です。ラストの場面ではナポレオンの肖像が掲げられましたが、それはユン・ソンニュル大統領
にも、岸田首相にも置き換え可能です。


赤井:韓国で上演した時はどのように受け止められましたか。

ユ:意義や意味が前面に出るものは面白くないです。最初は笑っていた観客も、だんだん何かに気付いていく、という私たちが望んでいた感想が返ってきました。


赤井:日本や世界でも共通するものはありますか?

ユ:あると思います。公演のために日本に来て、何日か過ごしてみて、日本はとても平和的な感じがしました。一緒に来た仲間とも「静かでいいね」と話していました。昔は国家が目に見える形で民衆を弾圧していましたが、いまは、メディアや教育を使って支配しています。「静かでいい」ということではなく、支配されているということではないでしょうか。教育は本当に重要です。

ーーー観客よりーーーー

質問:「マラー/サド」は映画では見たことがあるのですが、演劇の上演を見たのははじめてです。(「マラー/サド」1967年、ピーター・ブルック監督)韓国では上演されているのですか?

ユ:国家が個人に与える影響は本当に大きいです。とくに韓国でも去年から国家の圧力がとても大きくなっています。こんな時にこのような芝居を打つ意義は大きいと思っています。

質問:劇の最後でジャック・ルー(元神父・社会主義者)が叫んでいた言葉を教えてください

ユ:「あなたは何をみたのか あなたはいつ見るのか」という言葉です。ペーター・ヴァイスの意図があらわれている言葉だと思います。

質問:精神病院が舞台でしたが、患者役の役者さんそれぞれには、韓国の現代社会を想定した背景があるのでしょうか。

ユ:はい。それぞれの役に設定があります。俳優たちは、それぞれ役の設定を理解して演技しています。

ーーーーーーーーーーーーーー

公演を通じて、交流を深めたいというお互いの願いが合致して今回の公演が実現しました。今後も交流を続けたいと切に願っています。
(サブテレニアン さたけ)



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2023年1月22日 (日)

板橋ビューネ2022/ 2023東新大学校(韓国)「かもめ」劇評

217.【劇評】かもめ
板橋ビューネ2022/2023参加作品
東新大学校
サブレテニアン
2023年1月14-15日
原作:アントン・チェーホフ
演出:ムン・チャンジュ
出演:ファン・ソンイン、ハーナン、カン・ビョンウク、チョ・ジョンフン、キム・ヘウォン、カン・ミンソク、チャ・アリン、パク・スンジン、チョン・インホ、ユ・ジヒ、ユ・ミギョン。
チェーホフの「かもめ」のあらすじを、今回の公演のフライヤから引用する。
女優のアルカージナと愛人の小説家トリゴーリンが久々に滞在しているソーリン家で、アルカージナの息子コースチャが恋人のニーナを主役に前衛的な劇を上演する。母の悪評にかっとしたコースチャが去ったところで、アルカージナはニーナをほめ、夢を叶えなさいとトリゴーリンを紹介する。
コースチャが、銃で撃ち落としたかもめをニーナに捧げて、「今に僕は自分を撃ち殺す」などと言い、芝居の失敗の後にトリゴーリンを愛し始めたニーナをなじる。
ニーナはトリゴーリンに名声への憧れを語る。コースチャのトリゴーリンへの決闘申し込み、自殺未遂などの騒ぎがある。モスクワへ戻ろうとする作家に、ニーナは自分もモスクワに出て女優になる決心をしたと告げ、二人は抱擁。
2年後、作家として名を上げたコースチャの聞くところでは、ニーナはトリゴーリンと一緒になって子を生んだものの、やがて捨てられて子にも死なれ、女優としても芽が出ず、今は地方を巡業しているという。コースチャがひとり仕事しているところへ、巡業で近くに来ていたニーナが現れ、感動の再会。あなたを永久に愛するから、ここにとどまってほしいというコースチャの申し出を振り切ってニーナは立ち去る。銃声が響く。
引用終り。上記四つの章に分けて、上演された。70分。第一章では、約40cm四方の正方形の黒い椅子が9つ、M字を描いて舞台に置かれている。椅子には台本が置かれている。韓紙であろうか。素材に特徴がある。
俳優が男性6人、女性4人が、笑顔で奥から入ってきて椅子に座る。コースチャのみが立っている。前の椅子に座っているのが、アルカージナである。母であり女優である威厳が、凄い。息子の作品を、徹底的に避難する。舞台は、このように始まる。
あらすじは予め示したので、繰り返さない。この舞台を見ていて驚いたのは、まずは、俳優の徹底的になり切る姿だ。コースチャは、ほんとに泣いていた。ある者は、本気で怒っていた。またある者は、心の底から笑顔に満ちていた。この本気度が凄かった。
衣装は勿論、心の中までその人と化している。労働者、貴族、お手伝い、女優、小説家と、一目で分かる。ちょっとした仕草まで、演出家と俳優が、心底、研究した跡が伺える。人間には性格と性質がある。それを、とことんまで見極めようとしている。
それによって物語全体だけではなく、各個人の物語を想像することが出来た。場面にいない人物は、何処で何をしているのであろうと、憶測することも出来た。この空間で10人という出演であったが、観客に混乱が来たすことは全くなかった。
次に素晴らしかったのは、余計な舞台美術が一切なかった点である。殆どが俳優の演技によって、賄われた。かもめの人形を出さないまでに徹底されると逆に概念が先立つので、人形があってよかったと思う。この芝居は概念演劇ではないのだから。
衣装の時代考証を何処まで行っているのかは知る由もないのだが、極々、自然である。初演の1896年のロシア、という感じが無理なく出ている。釣竿、手帖というアイテムを現代的な、例えばスマフォなどにしなかったことも、余計な解釈を必要としなかった。
それによって《かもめ》が持つ人間の様々な側面をその時代に還元せず、普遍的なテーマとして新たに発掘したことになる。今、人間は変容しよう/されようとしている。徹底的な個人主義が奨励され、家族という最小限のゲマインシャフトすら、崩壊している。
自らが開発した機械によって人類は管理されて行き、人間の関係性が消滅する危機に向かっている。それでいいと、思い込まされている。失敗は許されず、違ったことをやることを回避される。全体主義以上の管理である。それは、支配者と奴隷の関係であろう。
人間は、自己と他者が共感し、やっと区別が出来てその違いに耐えられなければ別れが待っている。別れることによって、新たな出会いの機運が生じる。この繰り返しによって新陳代謝を果たす。挫折があるから、希望がある。悲しみがあるから喜びがある。
この舞台の最後に、次のようなセリフがある「我慢をすることです」。人間は自ら我慢をするし、他者に我慢をさせる。しかし、我慢をするから辛抱強くなれるのだし、我慢をさせるのだから他人に優しくすることができるようになるのだ。
他人の顔色すら、我々は気にならなくなっている。自分が喋りたいことだけを喋り、人と関わりを持たないように心がけている。自分の城に入ってこないように、警戒している。これでは、子どものままだ。これではいけないことを、この作品は教えてくれる。
最後に、演出家の言葉をフライヤから引用しよう。
「かもめ」は、若い芸術家たちの苦悩と既成の芸術家たちのマナリズムに対する批判を男女、家族間の愛の葛藤で盛り込んだ作品です。劇中の人物であるコースチャも新しい形式を試してみようとしますが、結局失敗をすることになります。私たちはその点を新たに利用して、これまでとは違う「かもめ」を試みます。古典がいつでもその時代にとどまらない方法。私たちは未来の世代です。古典の魅力を私たちの世代の魅力で十分に作ることができると思います。
引用終り。《かもめ》が描かれた1895年から、118年経っている。これから凡そ120年後の2140年に、《かもめ》は残っているだろうか。本は、演劇は、人類は生き延びているのだろうか。それを信じて、日々、人間を信じて生きていきたいと、切実に願う。(2023年1月15日初見|2023年1月16日記・公開)
宮田徹也(みやた・てつや)1970年、横浜生まれ。高校1年生3回2年生3回中退、和光大学卒、2002年横浜国立大学大学院修士課程修了。現在、嵯峨美術大学客員教授、日芸美術学部、創形美術学校非常勤講師。2020年『芸術を愛し、求める人々へ』を、論創社から刊行。2023年春、批評集『必滅と不滅』を刊行予定。

2023年1月15日 (日)

板橋ビューネ2022-2023

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板橋ビューネ2022/2023、東新大学校(韓国)『かもめ』が千秋楽をむかえ、フェスティバル全公演7劇団36ステージが終了しました。
7劇団それぞれが独自の世界を展開しました。ご来場いただいた皆様、誠にありがとうございました。

2023年1月 1日 (日)

ITABASHIBÜHNE2022/2023 イェギシアター『変身』

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イェギシアター(韓国)『変身』

原作/フランツ・カフカ 

翻案・演出/Lakia

2022.12.24sat  19:00★ 2022.12.25sun 15:00

★の回、アフタートークあり あらすじ字幕あり

出演/チョン・ジュヨン イ・スンホン カン・スギョン イ・ジェチョル チョ・へウォン

芸術監督/キム・イェギ

料金/一般3000円 学生2000円

韓国富川より来日。サブテレニアンでは2018年の『異邦人』に続き2度目の上演。
ノンバーバルに楽しめる舞台をありがとうございました!
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ITABASHIBÜHNE2022/2023 劇団seizereve(韓国)『室内』

劇団seizereve(韓国)『室内』
原作/モーリス・メーテルリンク 
​脚色・演出/オ・ソンテク

2022.12.21wed 20:00★ 2022.12.22thu  15:00

★の回、アフタートークあり

出演/チェ・ウソン チェ・ホンジュン イム・ジニョ キム・ユナ

料金/一般3000円 学生2000円

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韓国から初来日!素晴らしい公演をありがとうございました。
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