インタビュー・対談

2021年6月 5日 (土)

劇団肋骨蜜柑同好会meetsCLASSICS No.3『走れメロス ~TOKYO20XX~』サブテレニアン15周年記念月間 嶋谷 佳恵インタビュー

劇団肋骨蜜柑同好会meetsCLASSICS No.3『走れメロス ~TOKYO20XX~』6/8-13

劇団肋骨蜜柑同好会

 東京を中心に演劇活動を行う。
2010年の旗揚げから現在に至るまで、手探りで、暗中を模索するように活動中。
 主宰フジタの標榜する「演劇とは方法論ではなく存在論である」という言葉のもとに 、言語による世界の腑分けを試み、「生きづらさ」を抱えた人たちの救いとなることを考えている。
 頭のねじがどこか緩んでいるようなズレた登場人物と、捩れたメタフィクション的な構造、既製品を多用したシンプルで分裂的な舞台構成が特徴。
 ストーリーやメッセージを極端に廃し、あるいは換骨奪胎し、あるいは解体し、その先の地平にたどり着くべく、過剰に論理的に「なぜ演劇なのか」を問い続ける。問い続けたい。問い続けられますように。
 コミュニケーションはいつも、祈りの形に。(劇団HPより)


 サブテレニアンでは、15周年記念月間として、劇団肋骨蜜柑同好会を迎える。感染対策のため、客席数を劇場定数の25%程度に削減しての公演だ。配信での公演もあるので、ぜひご覧いただきたい。
 劇団肋骨蜜柑同好会は、第一回公演をサブテレニアンで行っている。(2010年『レインコートの悪魔』)その後活躍の幅を広げ、王子小劇場、シアターミラクルなど、東京都内の小劇場で数多くの公演を行ってきた。今回は、主宰のフジタタイセイさん、出演する劇団員の嶋谷佳恵さん、藤本悠希さんにお話を伺った。

 

嶋谷 佳恵
2019年入団。カラリとした笑い声と地に足ついた立姿で確かな存在感を醸し出す女優。しなやかなバネの強さで、鬱屈した芝居から漫画的キャラクターまで幅広く乗りこなす。俳優業だけでなく、劇団全体の総務も兼任。好物は豆と酒。(劇団HPより)

 

---劇団のyoutubeチャンネルで公開された『あなうま』を拝見しました。とてもパワフルな役者さんだと思いました。今日は稽古を見学させていただいて、声が魅力的で、高い声から低い声まで綺麗で感心しました。

 

 ご覧いただきありがとうございます。『あなうま』は guizillen の佐藤さんという方が企画した『モノローグ演劇祭』に2年前に参加した時の作品です。
 この作品で王子小劇場主宰の企画に再度参加する予定だったのですが、イベントが中止となってしまったため、動画を撮って配信しました。

 

---嶋谷さんがモノローグ演劇祭に出ようと思い、フジタさんに脚本を依頼したとのことですね。その理由を教えてください。

 

 当時は劇団員ではなかったのですが、肋骨蜜柑の作品がすごく好きで、毎回お客さんとして観に行っていたんです。ファンの一人でした。
 フジタさんの作品には、登場人物のモノローグが毎回出てくるのですが、それがすごく好きで、もし一人芝居をやるなら「フジタさんに書いてもらうしかない」と思ったんです。

 

---その後劇団に入られたのですね。演劇活動を始める前は何をなさっていたのですか。

 

 大学を卒業した後、ずっとアルバイトをしていたんです。北海道の実家からは「フリーターをしているなら帰ってきなさい」と言われていました。その後、就職活動をしたのですが、仕事をやろうという目標がなくて。でも、演劇は好きだったので、好きだったからやってみようと思いたちました。

 

---コロナ禍で困ったことはありましたか。

 

 今は商業演劇のスタッフの仕事で収入を得ているのですが、2か月くらい活動が何も無くなってしまい、やる気がおきなくて呆然としていました。お金がないから生活もできないし。困りましたね。
 その後、対策をしながら公演を行うことができるようになってきました。

 

---それは大変でしたね。今も観客数を減らしての公演だと運営は厳しいのではないですか。

 

 私が関わっているところは、主に演劇のグッズ販売を行っていて、通信販売が好調です。実際の公演でもスタッフに入りますが、グッズの販売などは密を避けるために休止しています。


---肋骨蜜柑同好会でもグッズを販売されていますね。今回の公演のDVDも販売されるとか。

 

 肋骨蜜柑では私はグッズ販売に関わっていないのですけどね。スタッフの桜義一さんが担っています。

 

---今回の公演もそうですが、ストリーミングやDVDで楽しめるのも良いですよね。アバラジオもyoutubeで楽しめますものね。

 

 はい。遠方の方も見れるのも良いですよね。もちろん生で見るのとは違いますが、いろんな楽しみ方があるのは良いと思います。個人的にはコロナが治まっても、楽しみ方の選択肢はたくさんあるとよいな、と思います。

 

---今回の公演、そして今後の嶋谷さんの俳優としてのご活躍、楽しみにしています。お話聞かせていただきありがとうございました。(聞き手 さたけれいこ)

 

 

劇団肋骨蜜柑同好会meetsCLASSICS No.3『走れメロス ~TOKYO20XX~』サブテレニアン15周年記念月間 藤本 悠希インタビュー

劇団肋骨蜜柑同好会meetsCLASSICS No.3『走れメロス ~TOKYO20XX~』6/8-13

劇団肋骨蜜柑同好会

 東京を中心に演劇活動を行う。
2010年の旗揚げから現在に至るまで、手探りで、暗中を模索するように活動中。
 主宰フジタの標榜する「演劇とは方法論ではなく存在論である」という言葉のもとに 、言語による世界の腑分けを試み、「生きづらさ」を抱えた人たちの救いとなることを考えている。
 頭のねじがどこか緩んでいるようなズレた登場人物と、捩れたメタフィクション的な構造、既製品を多用したシンプルで分裂的な舞台構成が特徴。
 ストーリーやメッセージを極端に廃し、あるいは換骨奪胎し、あるいは解体し、その先の地平にたどり着くべく、過剰に論理的に「なぜ演劇なのか」を問い続ける。問い続けたい。問い続けられますように。
 コミュニケーションはいつも、祈りの形に。(劇団HPより)


 サブテレニアンでは、15周年記念月間として、劇団肋骨蜜柑同好会を迎える。感染対策のため、客席数を劇場定数の25%程度に削減しての公演だ。配信での公演もあるので、ぜひご覧いただきたい。
 劇団肋骨蜜柑同好会は、第一回公演をサブテレニアンで行っている。(2010年『レインコートの悪魔』)その後活躍の幅を広げ、王子小劇場、シアターミラクルなど、東京都内の小劇場で数多くの公演を行ってきた。今回は、主宰のフジタタイセイさん、出演する劇団員の嶋谷佳恵さん、藤本悠希さんにお話を伺った。


藤本 悠希
2018年入団。その迸る演劇愛と、繊細で大胆な演技で観客を魅了する。常に丁寧でストイックであり、ベビーフェイスな見た目と相まって人好きのするタイプであるが、ややナイーブな一面も。卒論は野田秀樹で書いた。好物は肉とチーズ。(劇団HPより)

 

ーーー劇団のyoutubeチャンネルで配信中のアバラジオを拝見しました。「どうして劇団に入ったのか」について語っていらっしゃいましたね。

 

 第一回のアバラジオですね。まだアバラジオがアバラジオの形をなしていなかった頃です。

 

---『あまちゃん』が大好きで映画や演劇にはまっていったと。

 

 大学に入るまではお芝居を観たことがなかったんです。ドラマや映画を見るのは好きでした。

 

---笑顔が素敵でいらっしゃいますね。稽古では、まるでスポーツのように動き回っているのが印象的でした。

 

 肋骨蜜柑同好会の芝居は、短い時間でたくさん動いて、台詞も結構な分量を喋るのでそう見えるのだと思います。また、自分だけで完結せず、共演者と呼吸を合わせないと成立しないので、毎回「スポーツのようだ」という感想をいただきます。

 

---スポーツのご経験はあるのですか。

 

 小学校は水泳とサッカー、中学校で軟式テニス、高校では硬式テニスをやっていました。部活動でスポーツを行っていた時よりも、演劇を始めてからの方が身体への神経の使い方がわかってきたような気がします。より身体のことを意識するようになりました。いま考えると部活動では漠然とやっていましたね。

 

---劇団肋骨蜜柑同好会との出会いについて教えてください。

 

 『愛の技巧、または彷徨するヒト胎盤性ラクトーゲンのみる夢』(2016年@シアター風姿花伝)を観て、面白いと思ったのが最初の出会いです。会話劇かと思ってみていたら、どんどん雲行きが怪しくなって、「これは何が起こっているんだ?」と引き込まれていきました。
 その後すぐに、シアターミラクルで行われる『ミラクル祭'17』にフジタさんが参加することを知り、オーディションを受けて合格して出演しました。

 

---良い出会いでしたね。

 

 本当にそうですね。出会っていなかったら「人生変わっていたな」と思います。何事においてもそうですけどね。

 

---大学の卒論が野田秀樹について書かれたとのことですね。

 

 明治学院大学の文学部の芸術学科で学んでいました。入った当初は映画やドラマに興味があったのですが、大学のサークルで演劇にはまり、演劇を学ぶメディア論のコースを選択しました。


---コロナ禍で大変ではなかったですか。

 

 アルバイト先はしっかりと補償を出してくれるところだったので、助かりました。演劇で生計を立てているわけではなかったことが、結果的に救われたような感じです。知人、友人がアルバイトの仕事を減らされて大変という話はよく聞きます。

 

ーーー公演自体が危ぶまれる中、劇団の活動を支えて、公演を行ってくださることは、本当に有難いと思っています。藤本さんの今後の俳優としてのご活躍も期待しています。(聞き手 さたけれいこ)

 

劇団肋骨蜜柑同好会meetsCLASSICS No.3『走れメロス ~TOKYO20XX~』サブテレニアン15周年記念月間 フジタタイセイインタビュー

サブテレニアン15周年記念月間

 

劇団肋骨蜜柑同好会meetsCLASSICS No.3『走れメロス ~TOKYO20XX~』6/8-13

 

劇団肋骨蜜柑同好会

 東京を中心に演劇活動を行う。
2010年の旗揚げから現在に至るまで、手探りで、暗中を模索するように活動中。
 主宰フジタの標榜する「演劇とは方法論ではなく存在論である」という言葉のもとに 、言語による世界の腑分けを試み、「生きづらさ」を抱えた人たちの救いとなることを考えている。
 頭のねじがどこか緩んでいるようなズレた登場人物と、捩れたメタフィクション的な構造、既製品を多用したシンプルで分裂的な舞台構成が特徴。
 ストーリーやメッセージを極端に廃し、あるいは換骨奪胎し、あるいは解体し、その先の地平にたどり着くべく、過剰に論理的に「なぜ演劇なのか」を問い続ける。問い続けたい。問い続けられますように。
 コミュニケーションはいつも、祈りの形に。(劇団HPより)


 サブテレニアンでは、15周年記念月間として、劇団肋骨蜜柑同好会を迎える。感染対策のため、客席数を劇場定数の25%程度に削減しての公演だ。配信での公演もあるので、ぜひご覧いただきたい。
 劇団肋骨蜜柑同好会は、第一回公演をサブテレニアンで行っている。(2010年『レインコートの悪魔』)その後活躍の幅を広げ、王子小劇場、シアターミラクルなど、東京都内の小劇場で数多くの公演を行ってきた。今回は、主宰のフジタタイセイさん、出演する劇団員の嶋谷佳恵さん、藤本悠希さんにお話を伺った。


フジタタイセイ
 劇団肋骨蜜柑同好会の主宰・メインディレクター。ミニマルな会話で虚と実のルールを捻じ曲げる脚本と、俳優個人に固有の体験、欠落や傷跡をさらけ出させるような、メタフィクション的で魔術的な演出が特徴。ネガティブ。(劇団HPより)

 

ーーーインパクトのある劇団名が気になっていて、由来をホームページで拝見しました。「骨の中でも肋骨が好きで、肋骨の後ろに何を付けるか後輩に聞いたら、『蜜柑』という答えが返ってきた」と。それでもわからなかったのでお聞きしたいのですが、なぜ「同好会」を付けたのでしょうか。

 

 言葉のリズムが良くなると思ったからです。たまたま演劇をやっているだけの集団という思いもあります。

 

---でも、劇団なんですよね。フリーの役者さんや、その時々のユニットで活動する団体も多いと思うのですが。

 

 劇団というものへの漠然とした憧れがありました。東京で劇団をやりたいと思っていたんです。田舎で生まれて、田舎の大学に行ったので。

 

---筑波大学の在学中に劇団をはじめられたのですよね。お生まれはどちらですか。

 

 青森です。大学に行って、東京の劇団をいっぱい見ようと思っていたのに、茨城から東京ってすごく遠いんですよ。

 

---劇団って重くないですか?

 

 僕たちは重くないんですよ。活動も全員参加ではないんです。
 僕たちの劇団は港のような、ホームグラウンドのようなところだという思いがあります。劇団員にはスタッフとして関わっている方がたくさんいて、彼等は皆仕事を持っているんです。彼等が「やりたい」と思ったときに、現場があって、参加できる状態にしておきたいんです。僕はそれが楽しいと思っています。
 劇団名については「『劇団』を取った方がいいよ」とか「『同好会』をとった方がいいよ」とかいろいろ言われるんですけど、両方名乗っているのがうちの劇団です。

 

ーーー他の劇団とは違う方法論等は何かありますか。

 

 一つ確実に言えるのは、僕は体系的に演劇を学んできた人間ではない。しかもたくさん演劇を観ているタイプでもない。戯曲も、演劇の本も読みますが、そんなに一生懸命読んでいるわけではない。
 野良演劇人間なんですよ。
 演劇的なバックボーンとか地盤を持たずにここまでやってきて、いろんなところでいろんな知識を手に入れて、「次はこれを試してみよう」ということを十年ずっと繰り返してきた結果、異様なキメラのような演劇理論が僕の中で出来始めているという実感があります。それは、あまり見たことのない形のもので、僕はそれを面白いと思っています。
 元々「肋骨」と「蜜柑」という二つの言葉を合わせて別のものが生まれるように、作劇や演技や演出でもいろんなところからいろんなものを、遠いものだけど根底のところは繋がっているものを結び付けながら作り上げているところは、劇団名に近づいてきていると思います。

 

---サブテレニアンでの第一回公演を私は拝見していて、そのときのことを思い出しています。「なんだか演劇っぽくない演劇だな」「若くてお洒落な感じだな」と思ったのを覚えています。大きな声も出していなかったですし。今の方が声も大きいですよね。

 

 あの頃はコントが大好きだったんです。そこから不条理劇が好きになって、別役実、イヨネスコ、ベケット、ケラリーノ・サンドロヴィッチなどを見たり読んだりするようになりました。
 「異常なルールで進行している空間を、短くルールだけ提示する短編演劇」のことをコントだと思っていたんです。第一回公演ではそれをやりたくて、異常なルールだけが提示される静かな短編演劇7本を上演しました。
 それから年月が経って、「わーっ」とやるのが楽しいと思うようになったんです。人間が大きな声を出して、肉体を酷使することで、現実のルールを肉体が逸脱していく。それは演劇でしかできないことだと思うんです。
 ルールでがんじがらめになった身体の形、あり方を、身体自身が劇のルールを持ち上げて違うところに持っていく、そんなことを公演ではやったりやらなかったりしています。今回の『走れメロス ~TOKYO20XX~』はその色が強い公演です。


---劇団のホームページの劇団紹介に「『なぜ演劇なのか』を問い続ける。」とありましたね。共感しました。


 多分、ずっとルールのことを考えているんだと思います。空間のルール、演技のルール、戯曲を書く上で自分にルールを課すということもあります。十年間、いろんなルールを試しているという感じが近いです。


---今回の『走れメロス ~TOKYO20XX~』についてお聞かせください。端的に言って、オリンピックと関係があるのですか?

 

 あるような、ないようなという感じです。詳しくは見ていただいた方がよいと思います。
 「走れメロス」という小説が如何にして生まれた小説なのかということを、ある種誤読、曲解することでオリンピックになぞらえることができるんじゃないかという発想が先ずありました。
 太宰治が「走れメロス」を書いた時期というのが、構想が1936年、執筆、出版が1940年なんですが、これはベルリンオリンピックと中止になった東京オリンピックに挟まれた時期なんです。太宰治が、どのような心境、苦悩の中で書いたのかということを、曲解に次ぐ曲解、誤読に次ぐ誤読で、見たことのない形にできたら、と思っています。

 

---残席は少ないそうですが、配信、DVD販売もあるとのことですね。今回の公演、とても楽しみにしています。(聞き手 さたけれいこ)

2021年5月 6日 (木)

アシカビ『ささやかな革命』サブテレニアン15周年記念月間

サブテレニアン15周年記念月間

 

『ささやかな革命』アシカビ
2021/5/12-16

 

アシカビ

生野和人の一人芝居。出演、脚本、演出、照明、音響、美術、舞台、制作、受付から全てを一人で行う公演……等と言えば、周りからは「凄いね」と言われるが、実際は『人とスケジュールを合わせるのが面倒』『スタッフへの気遣いやコミュニケーションが面倒』『面倒、面倒、面倒……』で始めた公演。でも今更になって、頼める事は人に頼んだ方が面倒は少ないと気づき始めている……。でも、今回も一人でやる。手伝ってくれる人を探すのが面倒だから……。

 

 サブテレニアンは15周年記念月間として、5月12日よりアシカビを迎える。アシカビはこれまでサブテレニアンで三作品を上演してきた。(『突如、ざあっと雨の降りだす音.・・・。』『どとくさまくら』『先ず、彼は喉の渇きを訴えた』)いずれの作品も「出演、脚本、演出、照明、音響、美術、舞台、制作、受付から全てを一人で行う」というスタイルでの公演で、独自性が群を抜いている。今回は、アシカビの生野和人さんにお話をうかがった。


---今回の『ささやかな革命』は河原で稽古をしていらっしゃると聞きました。

 

 はい。普段利用している施設が感染予防で使えないため、江戸川の河原で稽古をしています。僕の場合、稽古といっても一人っきりです。スタッフさんに見てもらうことはあるのですが、今回はそれもしていません。

 

---いつからいまのスタイルで公演していらっしゃるのですか。

 

 いまの「アシカビ」の前は、「ハンザキ」といって二人芝居をしていたんです。僕が脚本と演出を担当して、客演の方を毎回呼ぶというスタイルでした。それがいつからか面倒になってしまって…。
 一人芝居を始めたのは、大阪のインディペンデントシアターの一人芝居フェスティバルに出演したのが最初です。その時は脚本と出演で参加しました。観客投票が出演者7人中7位で、全く受けませんでした。トップバッターで、場の雰囲気を作るのが難しかったですね。お客さんは笑いを望んでいるようなところがあったのですが、そういう芝居でもなかったので。
 その後、西伊豆の土肥金山の古民家で一人芝居をしました。古いアパートで眠っている奥さんの身体を拭くという芝居です。この作品はサブテレニアンでも上演しました。その後はサブテレニアンで二作品を上演しました。そのうちに今のスタイルに落ち着きました。

 

ーーー私も拝見しました。アシカビさんの作品は、「笑ってよいのか、悪いのか」という微妙な線を作品を通して貫かれている点が優れていると感じました。

 

 「笑ってよいのか、悪いのか」という点はインディペンデントシアターで上演した際に知人からも言われました。

 

ーーーその後の「アシカビ」では脚本、演出、出演…と全部ご自分でなされているんですね。

 

 一番やりたいのは脚本を書くことです。芝居をやるために上京したかったのですが、親は理解してくれなかったので、上京して一年間は電気工事の仕事をしてお金を貯めました。100万円貯めて、親にも言い訳が立つだろうと思い、仕事を辞めて劇団に入りました。当時は100万円といったら、一生食べていけるくらいのお金のように思っていたのですが、すぐになくなってしまいましたね。なくなってからも一日桃の缶詰一つとかで食費をきりつめ、劇団の稽古と、稽古に行かない時は布団の上で本を読むという毎日でした。そうしたら、布団が真っ二つに割れてしまったんですよ!同じところに座り続けたからでしょう。「さすがにダメだな」と思って、バイトを始めました。
 劇団とバイトの日々でしたが、劇団の芝居が面白くなくて…。特に脚本に納得がいかなかったんです。そのうちに劇団が解散になってしまいました。

 

ーーーそれでご自分ではじめられたのですね。サブテレニアン以外ではどのようなところで公演しているのですか。

 

 高田馬場のプロトシアターで公演しました。小屋の方に結構気に入ってもらっていました。他には先ほど言ったインディペンデントシアターや古民家、今稽古している河原でもやりました。芝居の中で江戸川に飛び込んでみたかったんです。芝居は昼に始まり、次第に日が暮れてくるという設定で、自然光で上演しました。
 僕は小屋で上演する際は、大体一時間くらいの室内の話を書いているんです。室外の設定でもやってみたことがあるのですが、照明の方に「だんだん日が暮れていく設定にしてください」とお願いしても、難しいんですよね…太陽が西に沈んでいく経過を照明で表現するのって。それで、必然的に室内の設定になるのですが。

 

ーーーこだわっていらっしゃるんですね。確かに舞台を拝見すると、細かいところが「リアルだな」と思います。そして、お聞きして驚いたのですが、舞台上の時間の経過が実際の時間と合ってているのですね。

 

 そういうことが多いですね。

 

ーーーこだわりというと、古銭へのこだわりがある作品がありましたが、古いものがお好きなのですか。

 

 古道具やさんを見つけると、必ず立ち寄ります。一番好きなのは腕時計で、外国の銀貨集めも好きです。寄生虫博物館などのB級スポットめぐりや石集めなども趣味です。鉱石を拾いに鉱山によく行きます。

 

ーーー映画や小説ではどのようなものがお好きですか。

 

 映画は、黒沢清監督が大好きです。小説では安部公房と村上春樹です。

 

ーーー今回はどんな作品になりそうですか。

 

 部屋の中にずっといる鬱屈した男の話なんです。なんだか、ステイホームで思いついたように思われそうですが、昔からあたためていた設定なんですよ。モデルにした方が近所に住んでいるのですが、その人をずっと観察しているうちに、妄想が膨らんできたんです。詳しくは作品をご覧いただいてのお楽しみにしたいと思います。

 

ーーーいつもサブテレニアンの空間を上手に使っていただき嬉しいと思っていました。お話を聞かせていただいて、細部へのこだわりがそうさせているのだと気付きました。脚本、演出、出演とすべてお一人で担っている点もサブテレニアンの小さな空間に適していると思っていましたが、図らずもコロナ禍の状況でも上演可能なスタイルだったのかもしれないですね。今後のご活躍も楽しみにしています。

(聞き手 さたけれいこ)

 

2021年4月29日 (木)

濵田明李『Largo Longueur』サブテレニアン15周年記念月間

サブテレニアン15周年記念月間

 

Largo Longueur』 濵田明李

2021/5/2-5

 

濵田明李 はまだ・みり

1992年高知県南国市生まれ。武蔵野美術大学油絵学科油絵専攻 卒業。

パフォーマンスで作品をやり始めしっくり来る。その中では、達成を目指さなかったり、中止したり、その場所の特性を取り入れたり、オブジェを持ってきて、15分とか20分とかのあいだに起きる一連のことを観客と共有するというのが特徴。

2017年から2019年位までのメキシコに住み、好奇心の赴くままに学ぶ。

他のアーティストとの有形無形の恊働や自主企画にも積極的。

 

ーーサブテレニアンでは、過去2回、濱田さんの企画でパフォーマンス公演を行っていただきました。その後、2017年から2019年までメキシコにいらっしゃったそうですが、どのようなことをしていたのですか。

 

 外国人学校でスペイン語やメキシコの歴史などを勉強していました。学校はアートとは関係なく、出自や仕事も様々な、10代から60代まで幅広い世代の方が通っていました。

 また、メキシコでパフォーマンスを行っているアーティストを知人に紹介してもらって、美術館やギャラリーなどで行われているワークショップ等に参加しました。自分でもパフォーマンスを行いました。

 メキシコの平均年齢は20代で、日本は40代なんだそうです。端的に若者が多いという印象があります。デモも盛んで、たくさん人が集まってきます。

 悲しいことに女性に対する犯罪は多いです。地下鉄の中には行方不明の若い女性の写真がたくさん貼ってあって驚きました。女性をフォーカスしている展示は多かったです。貧富の格差も大きく、先住民への差別も感じました。

 

ーーー濱田さんとはNIPAFの公演で知り合いましたね。

 

 はい。NIPAFの霜田誠二さんに武蔵野美術大学の映像科の授業で学んで、公演にも参加しました。いろんな国の人が参加していて、外国にも何度か行きました。

 

---私はサブテレニアンで、東急ハンズの買い物袋や、アマゾンで届いた段ボール箱をその場で開けていくというパフォーマンスを拝見しました。無機質な物と、それに向かい合っている濱田さんとの距離感が印象的でした。一方、メキシコの路上とアルゼンチンのギャラリーで行ったパフォーマンスをネットで拝見したのですが、こちらは布や、観客が運んできた石などの素材を使っていて、身体との接触もあり、違いを感じました。

 

  私のパフォーマンスでは、身体にアプローチするよりも、愛着のない物質を使うことが多いです。日本で行ったパフォーマンスも、メキシコ、アルゼンチンで行ったパフォーマンスも、大きな違いはありません。「物を動かしたらどうなるのか」ということに興味があります。身体はそうした物質の延長のようにとらえています。身体も物も違いがなくて、腕や足も道具というイメージがあります。

 

ーーーサブテレニアン、ギャラリー、路上など様々な場所でパフォーマンスを行っていますが、違いはありますか。

 

 路上でも、ハプニングのように突然行うわけではなく、告知をして行っているので、大きな違いは感じていません。屋内で行うときも、自分のパフォーマンスは風景のように感じてもらうことを考えています。

 パフォーマンスにもいろいろなものがあって、観客が不在でコンセプトだけのものもありますが、私の場合は観客がいることが前提です。

 

ーーースマホのゲームを使ったパフォーマンスも行っていらっしゃいましたね。

 

 はい。京都のHAPSが開催した展覧会に、ゲームを使ったパフォーマンスで参加しました。ゲームの参加者を募って、ボイスチャットをしながらゲームの空間を共有します。シューティングのゲームなので対戦を行うのですが、私はその間、小説を朗読していました。

 こちらは、いろんなハードルを乗り越えていくという点も面白かったです。アプリをダウンロードしたり、その前にスマホの容量を確保するために他のアプリを消してみたり。能動性に干渉できるのが面白かったですね。

 

ーーーコロナ禍で感じたことはありますか。

 

 イベントの宣伝がしづらいな、と感じています。親も心配だと言ってきます。2020年の秋からはイベントの機会は多くありました。

 メキシコ行きのチケットを持っているのですが、コロナ禍で行けなくなったまま今に至っています。

 あと、お酒を飲むのが好きなのですが、「飲み会の状況っておもしろかったよなー」と。夜中に友達とどこかに行っちゃったり、それまでいなかった人が来たり、またいなくなっちゃったり。面白い時間の共有の仕方していたような気がします。それってパフォーマンスっぽいような。

 生活の中にパフォーマンス的なものが紛れ込んでくることが面白いと感じています。生活にどのようにパフォーマンスの要素を入れていくか、パフォーマンスのある生活とはどんなものなのか、そんなことを考えています。

 

ーーー先ほど、メキシコは端的に若者が多いとおっしゃっていましたが、若者だから言いたいようなことはありますか。

 

 過去の遺産(文化の貯蓄)をどのように受け継いでいくか、それが困難だと感じています。若い人ほど不可分所得が大きいというか。

 

---文化の享受が所得の大小で制限されてしまうのは、貧しい社会のように感じますし、文化そのものも衰退していくような気がしますね。

 最後に、サブテレニアンでのパフォーマンスについて教えてください。

 

 実は、単独でのパフォーマンスは珍しいんです。昼と夜でちょっと違うことをやります。昼はスペイン語の"Largo"、夜はフランス語の"Longueuer"として、二つの似ているけれども違っているものについて考えてみたいと思っています。

 公演の後、毎日22時にZoom でロビー室を開催します。こちらは、作品をご覧になっていない方も参加できますので、ぜひご参加ください。

(聞き手・さたけれいこ)

濱田明李『Largo Longueur』公演詳細、ロビー室詳細はこちら→Largo Longueur』ホームページリンク

 

2021年4月19日 (月)

仙台シアターラボ『ペスト』ーーーサブテレニアン15周年記念月間

サブテレニアン15周年記念月間
仙台シアターラボ『ペスト』
原作/アルベール・カミュ「ペスト」
構成・演出/野々下孝
2021.5.1-2

*公演は6月19日、20日に延期になりました。 

2021.6.19sat  18:00

2021.6.20sun 13:00/17:00

 

 15周年記念月間としてサブテレニアンでは仙台シアターラボを迎える。サブテレニアンでの公演は2013年『透明な旗』(構成・演出/野々下孝)、2017年『特別な芸術』(構成・演出/野々下孝、原作/芥川龍之介)以来の公演だ。コロナ禍にあって、他地域での公演は躊躇するところもあるが、地域交流は劇団として大切にしているテーマの一つなので、自粛はしなかったとのこと。『ペスト』は、サブテレニアンでの公演のあと、d-倉庫の”「ペスト」フェスティバル”にも参加するとのこと。(2021.5.4)
 仙台シアターラボは結成より11年。仙台市から舞台芸術を発信し、ワークショップや教育普及事業などアウトリーチも活動の柱としている。代表の野々下孝氏に、今回の作品や劇団の活動、コロナ禍で考えていることなどの話を伺った。

野々下孝

大学入学と同時に仙台で演劇活動を開始。
1997年にシアタームーブメント仙台Ⅱ「光が丘から」に主演。
卒業後、先端的な舞台芸術のカンパニー 劇団山の手事情社に入団。
徹底した自己観察を通じて、現代生活で鈍りがちな対話能力や、身体感覚を研ぎ澄ます訓練を繰り返し行い、集団創作による《山の手メソッド》の確立と発展に関わる。
現代劇のみならず、落語、浄瑠璃、能、ギリシャ悲劇、シェイクスピアなど東西の古典作品を上演。
《四畳半》と呼ばれるスタイルで現代演劇の様式化に取り組む。
韓国、ポーランド、スイス、ドイツ、ルーマニア、ロシアなど海外公演にも多数出演。
また《山の手メソッド》を用いた俳優養成にも力を入れており、各種学校、企業などで、ワークショップや授業を行う。
2010年に活動の拠点として仙台シアターラボを旗揚げ。現在は東京と仙台で活動中。
フィジカルシアターと呼ばれる現代演劇の新潮流をホームグラウンドにして、様々なジャンルに活動の場を広げており、演劇を抽象化する作業と、身体能力には定評がある。

 

「河原でも稽古をしましたよ」---今回の『ペスト』について---

---2010年に旗揚げして、2020年に10周年を迎えたのですね。

 はい。実は…10周年としてあたためていた企画がありまして。現在仙台で活躍している俳優に、かつてシアターラボで共に活動していた仲間がたくさんいるんです。原西君や言言の飯沼君、短距離弾道ミサイルの本田君、そういった方々を客演として迎えて、地域を回る公演をしたかったんです。ところが、このコロナ禍で客演を呼ぶことが叶わなくなりました。
 旗揚げの際も、2010年は実験公演を行い、2011年に本公演『腐敗』を上演しましたが、東日本大震災に見舞われ、予定を延期して行っています。旗揚げも10周年も試練に見舞われていることになります。
 2020年は劇団員を中心に稽古をしていました。コロナ禍のため河原でも稽古をしましたよ
! 劇団員の絆は深まり、困難に立ち向かう強さが生まれました。9月にトライアル公演(Fukushima Meets Miyagi Folklore Project#4 TRIAL 『ペスト〜我々は人を死なせる恐れなしに身振り一つも成し得ない〜』)、12月にシア・トリエと合同公演(Fukushima Meets Miyagi Folklore Project#4 『ペスト〜我々は人を死なせる恐れなしに身振り一つも成し得ない〜』)を経て、2021年5月のサブテレニアンとd-倉庫での公演は単独の本公演となります。

---サブテレニアンのチラシの作品紹介にある、仙台の自立援助ホームを出た青年という設定に想像力をかきたてられます。どこからその発想が出てきたのでしょうか。

 A・カミュ「ペスト」の登場人物、犯罪者のコタールをモデルにしています。ただし、トライアル公演、12月の公演を経て、少しづつ作品が変わってきています。
 いまは土木業を営む一家、三人の息子とその親という設定を軸にしています。合同公演を行った際、実生活で土木業に携わっている出演者が、福島で汚染土をフレコンバックに移す仕事をしていたそうなんです。それが作品のコンセプトになりました。
 A・カミュ「ペスト」には死刑制度を問うテーマもあり、僕たちの『ペスト』では「我々は人を死なせる恐れなしに身振り一つも成し得ない」という言葉を掘り下げています。東日本大震災では、東北の人はみな遺族になってしまったんです。誰一人自分事ではない人はいないということです。
 震災から十年、ペスト、東北の地、それらが重なり合っていく作品です。

 

---2020年のコロナ禍について---

---2020年のコロナ禍で被った影響はいかがなものでしたか。

 様々な演劇祭が企画されていましたが、見事に全部とんでしまいました。自分たちが関わった企画も、それ以外にも。客演を呼ぶ予定だった劇団10周年の企画もそうです。
 アルバイトをしている劇団員には大きな影響がありました。シアターラボは劇団として、学生に進路指導を行う派遣の仕事を受けていたのですが、イベントが無くなってしまったので、半分クビのような状態になりました。ライブハウスのアルバイトも同様です。そのような中、仕事探しをしつつ、河原を走って稽古をしていました。

---稽古はしたいと考えていらっしゃったのですね。

 はい。劇団員はみな「稽古しましょうよ」と。時間はありましたからね。でも、どのようにして行なおうかと…。「密はダメらしい」ということで、屋外の稽古はOKにして。もともと小さな空間で上演するための稽古だったのですが、大声で、大雑把な演技ばかりしていましたね。
 そんな中、渡部ギュウさんが公演を行うと言いまして。(『今は昔、栄養映画館』作/竹内銃一郎 構成・演出/高橋菜穂子 2020年7月@10-BOX)その準備のため、話し合って劇場と稽古場(10-BOX)のルールを設定したんです。それまで各々の劇団が手探りで、それぞれのやり方で利用していましたが、複数の劇団で検討して、劇場としてのウイルス対策のマニュアルを作りました。そこからですね。劇場や稽古場を使えるようになってきたのは。

---それは大きなターニングポイントですね。演劇の現場では感染対策と上演、稽古を慎重に行っているわけですが、新型コロナウイルスの影響の終わりが見えない中、考えていらっしゃることはありますか。

 大学演劇が壊滅的な影響を受けていることが気になります。大学や高校演劇の出身者が地域の演劇を支えているからです。大学の施設が使えないので、公演の数が減りました。高校演劇も同様です。宮城県では高校演劇の総合研修会やリーダー研修会で各地の高校生を集めて講座を行っており、シアターラボは講師を務めているのですが、それも中止になりました。若い方が演劇をやりたいと思ったときに知恵や場を与えられるよう、コロナ禍でも、シアターラボでは門戸を開けておきたいと思っています。
 また、地域間交流も大事にしたいので、東京で公演を行うことも異論はありますが、自粛はしたくないと思いました。

---そのようにして公演を行っていただけることは、大変ありがたいです。

 

---東日本大震災から10年、仙台シアターラボの10年---

---10周年の話に戻るのですが、お聞きしたいことがあります。シアターラボの10年は、震災の復興と歩みを共にしているように感じます。ボランティア活動やワークショップを行い、復興に関わってきた思いと、演劇への思いについてお聞かせいただけますか。

 シアターラボを立ち上げる前、東京で演劇の活動をしていた頃、稽古場で稽古をして劇場で公演を行うという毎日でしたが、実生活と演劇人としての生活が分離しているように感じていました。演劇人としての自分は地域から孤立しているのではないかと。近所付き合いも自分にとっては大事なことなんです。子供もいましたし。舞台の上では演劇人でも、舞台を降りると自分に自信が持てず、何者なのだろうと。僕は、演劇人は生活の上から演劇人であるのが本来のあり方だろうと思うんです。
 元々そう考えていたので、シアターラボでは震災の前からコミュニティ形成を大事にして、ワークショップなどを行ってきました。2011年3月15日も、ワークショップを行う予定だったんですよ。中止になってしまいましたが。
 震災のあと、仙台の演劇人有志がARCT(Art Revial Connection TOHOKU)を立ち上げて、「出前部」といって被災地を回って相撲をしたり、マッサージをしたり、運動やダンスをしたり、公演をしたりという活動を共にしてきました。
 ただし、ジレンマもありました。作品のクオリティを上げることよりも、分かり易く親しみやすいものに偏っていったような気がします。「目の前の人を喜ばせたい」という思いで。それが一番大事なんですけどね。
 作品の照射距離が近いんです。時間的にも空間的にも。5年後、10年後には通用しなかったり、他の地域に行くとまったく受けないとか。
 もっと若い人が見て、「自分たちもやりたい」と思うような演劇がしたいです。

---若い人の目線を大事にしたいという思いに共感します。彼らは未来を見ていますものね。人材育成を大事にしているというシアターラボさんの理念に通じるところがありますね。
お話聞かせていただきありがとうございました。『ペスト』楽しみにしています。
(聞き手・さたけれいこ)
 

2021年4月18日 (日)

サイマル演劇団presents ポエトリーシアター『吠える』---サブテレニアン15周年記念月間

サブテレニアン15周年記念月間
サイマル演劇団presents ポエトリーシアター『吠える』
原作/アレン・ギンズバーグ
構成・演出・美術/赤井康弘

 「僕は見た 狂気によって破壊された僕の世代の最良の精神たちを」で始まるビートの代表的な詩を原作に、他にオクタビオ・バスやホイットマンの詩とともに構成するサイマル的ポエトリーシアター。
 出演は、サイマル演劇団の公演には十年来の常連の葉月結子、一昨年のサイマル演劇団の公演、S・I・ヴィトキェヴィッチ原作『狂人と尼僧』に出演した赤松由美(コニエレニ)、竹岡直紀の三人。三人の共演はこれで二回目となり、より熟成した演技のぶつかりあいが期待される。
 今回は三人の俳優に、コロナ禍での活動や15周年をむかえたサブテレニアンについて、率直な思いをうかがった。

 

葉月結子

高校演劇を経て上京、舞台芸術学院に入学。卒業後、池田聖智子ダンススタジオ「スフェール・グノジェンヌ」に入門。発声、呼吸法、歌唱を様々なアーティストに師事。サイマル演劇団の公演等に多数出演。および映像、パフォーマンス、コント等、国内外ジャンル問わず、フリーで活動を行なっている。

---この十年来、サイマル演劇団の公演には毎回出演されていますね。昨年もコロナ禍で上演自体が危ぶまれる中、12月にE・イヨネスコ原作『Peste≠Peste/私たちが望むものは』に出演していただきました。2020年のコロナ禍は、俳優の活動への影響はいかがなものでしたか。

 予定していた公演がとんでしまいました。主催者の説明では「延期します」ということでした。でも、それがいつのことになるのか主催者も言えずに、宙に浮いている状況です。明日どうなるかわからないという感じで過ごしてきました。

---私生活の影響はいかがでしたか。

 観たい公演ががあったり、友人から観劇の誘いをいただいても観に行けていません。外出も控えています。アルバイト先も営業時間の縮小などで、シフトに入れなくなりました。手当てもありましたが、本当に微々たるものです。

---そのような中で今回も出演していただきありがとうございます。昨年、今回出演される赤松由美さんの企画した動画の配信「シェイクスピアのソネットを坪内逍遥の訳で読む」に参加されていましたね。

 あの企画には本当に救われました。自分で撮って自分で朗読したんですよ。表現する場があるということは、本当にありがたかったです。

---私も葉月さんの朗読を動画で見て、勇気づけられました。葉月さんや、私の好きな俳優たちが朗読している。確かにそこに存在している。企画した赤松さん、そして俳優の存在と意志を感じることができて、感激しました。今回の舞台も楽しみにしています。

 

赤松由美

劇団唐組出身。女優。ポーランド映画の巨匠、イエジー・スコリモフスキ監督の映画に出演すべく、個人事務所コニエレニを立ち上げて活動中。

朗読動画配信
「シェイクスピアのソネットを坪内逍遙の翻訳で読む」シリーズ

ポーランド・ワルシャワの人魚を秋川渓谷でさがす動画『ヴィスワ川の人魚』監督=赤松由美 主演=土屋真衣、山本啓介 撮影中!

今後の出演予定
2021年4月23-25、サイマル演劇団『吠える』板橋サブテレニアン。7月、新宿梁山泊『YEBI大王』ポーランド公演。8-9月八丈島で映画撮影(監督=下手大輔)。12月17日-19日劇団池の下『いわばアラスカ』劇場MOMO

---2020年の俳優としての活動について教えてください。

 劇団池の下の公演が中止になり、演目、出演者等を変え、再度企画した今年12月の作品に出演する予定です。
 また、新宿梁山泊のポーランド公演に参加する予定でしたが、海外渡航が難しいため延期になり、日本のテント公演に参加しました。また、下手大輔監督の映画にも八丈島での撮影に参加しました。

---予定していた公演が上演できない、大変な一年だったと思います。私生活の影響はいかがでしたか?

 アルバイトは休業して、休業手当をもらいながら家にいるという生活でした。これまでは稽古や観劇で飛び回っているような生活だったので、一人で家でじっとしている時間がとても貴重でした。
 ただ、家にいると「俳優としてのスキルが落ちてしまうのではないか」「これからどうなるんだろう」という焦りがありました。

---そのような中、動画の配信「シェイクスピアのソネットを坪内逍遥の翻訳で読む」をはじめたのですね。赤松さんや、私の好きな俳優さんたちの存在と意志を感じて、感激しました。

 はじめはルーマニアの劇場の企画で、シェイクスピアのソネットを世界各国の俳優が朗読して配信するものがあり、そこに参加したんです。「これはよい企画だ!」と思い、自分でも企画してみようと思いました。坪内逍遥さんが翻訳したシェイクスピアの作品があり、とても好きだったのです。自分で企画をたちあげて形にするのは大変でしたが、好評でした。まだソネットをすべて配信したわけではないので、今後も続けたい企画です。

---サイマル演劇団では『狂人と尼僧』に出演されて、稽古ではサブテレニアンを使っていただきましたが、今回、サブテレニアンでの公演に出演されるのははじめてですね。

 はい。観劇で来たことはありますが、出演するのははじめてですね。地下に入って、こういう劇場があるのは「いいな」と思います。クラクフで見た、バーの奥の扉をあけると広がっている、ポーランドの地下劇場を思い出します。唐組を出て、他の人の演出する作品に参加するのは原点に帰るような感触があり、楽しみです。

---ご自身が立ち上げたコニエレニという個人事務所で活動されているのですね。

 はい。コニエレニでは、現在『ヴィスワ川の人魚』という映像作品を製作しています。ポーランドのヴィスワ川を舞台にした作品で、自分で脚本を書きました。故郷の八丈島で撮影しようと思っていたのですが、緊急事態宣言に入ってしまったために、秋川渓谷で撮影しました。上映の際は、ぜひ見に来てください。

 

竹岡直紀

サブテレニアンにて演劇ユニット、ヘアピン倶楽部の旗揚げ公演に参加。
以降ヘアピン倶楽部やサブテレニアンで行われる板橋ビューネ、サイマル演劇団『狂人と尼僧』や唐組の公演などに参加。
今年新たな座組旗揚げに参加予定。団体名未定、12月公演予定。

---2020年の俳優としての活動について教えてください。

 神奈川県の企画「マグカルシアター2020」にヘアピン倶楽部として参加することになっていましたが、「マグカルシアター2021」として今年の11月に延期になりました。また、他にも出演依頼をいただいた劇団の公演が中止になったりもしています。

---私生活のほうはいかがでしたか。

自分も活動できないけど、世間も動いていないという不思議な時間でした。アルバイトは、中高年の方が休みをとった分、逆に忙しくなるという生活でした。ほとんど誰も乗っていない電車で自分だけはアルバイトに行くという生活でした。

---サブテレニアンでの公演には多数出演されていますね。

はい。ヘアピン倶楽部という劇団で何度も出演しました。いろいろと融通をきかせてもらって助かりました。僕は東京乾電池の養成所にいたんですが、その稽古場も地下にあるんですよ。割と似た雰囲気があります。ブラックボックスで、まったく光が入らなくて。不健全な感じが好きですね。ずっと稽古していて、外に出てみると太陽が明るく照っていて、「あれ」みたいな。

---性に合っているようなところがあるのでしょうか(笑)今回の舞台も楽しみにしています。

(聞き手 さたけれいこ)

2016年8月30日 (火)

板橋ビューネ2016参加劇団インタビュー:テラ・アーツ・ファクトリー「演劇が社会とその共同体に生きる者のある種の鏡とするなら、絶えず別の表情、姿を映し出す鏡であるべきだと思います。」

板橋ビューネ2016「ナンセンス」(http://itabashi-buhne.jimdo.com/)に参加する劇団に、劇団の軌跡や、みどころについて、別冊サブテレニアンがインタビューをいたしました。おのおのの劇団の魅力に気付かされる点が数多くありました。ぜひご一読ください。

テラ・アーツ・ファクトリー「 演劇が社会とその共同体に生きる者のある種の鏡とするなら、絶えず別の表情、姿を映し出す鏡であるべきだと思います。

板橋ビューネ2016:テラ・アーツ・ファクトリー『三人姉妹 vol.1』(@東京・サブテレニアン:9月29日19:30~/30日14:00,19:30/10月1日14:00,19:30/2日14:00)

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『恋 其ノ参』(2016)撮影:石澤知絵子

---このインタビューにお答えいただく方のお名前と劇団の中での役割を教えてください。

 

A 代表の林英樹です。

 

 

---劇団のメンバー構成、人数、役割などを教えてください。

 

林 劇団体制を取っておりませんので固定したメンバーというのは現時点ではいないのですが、長く関わっている人が多いです。最長は現在の団体の前身の劇団からの滝康弘で38年、彼は知的な面での強力なブレーンです。横山、井口とは14、5年の付き合いになります。今回の舞台では日常部分と非日常身体、双方を背負っております。若林、関山、加藤、長尾はワークショップからの付き合いで10年~5年となります。

 

 

---一番最初に上演した作品について教えてください。

 

林 『サバイバル・コロニー』(1985年、江東文化センター大ホール)、東京アートセレブレーションというフェスティバルで勅使川原三郎や岸田事務所+楽天団(『恋』上演)、劇団解体社、海外の劇団などが参加しておりました。

 

 

---劇団の代表作について教えてください。

 

林 『メタアイランド』、『CATALY』、『デズデモーナ』、『ノラ』シリーズ、『アンチゴネー/血』、『ジュリエット/灰』、『ヒロコ』、『最後の炎』、『マテリアル/糸地獄』。

 

 

---思い出深い公演がありましたら教えてください。

 

林 『カサンドラ』(1999)公演。公演中止になりました。それがきっかけで濃密な集団作業の必要性を感じ、2000年代に某専門学校で教えてました元教え子たちと10年近く集団創作を行いました。

 『カサンドラ』はそれまで10年ほどヨーロッパに出かけて得た経験、特に冷戦崩壊と同時に始まったユーゴスラビア内戦と内戦を契機としたヨーロッパ演劇人の様々な活動に刺激を受け、戦争をテーマとしたギリシア劇と現在の戦争を対置させる構造の作品をめざしました。プロデュース公演として集めた俳優たちとの作業は困難を極め、結局、公演までたどり着くことは出来ませんでした。その失敗と挫折が深く影響し、その後の活動の基盤となっております。

 

 

---プロデュース公演とのことですが、どのような集団だったのですか。外国の方もいらっしゃったのですか。

 

林 小劇場から新劇まで、20代~50代まで全部で40名の俳優によるプロダクションです。カナダ人も一人いました。

 

 

---その時の経験があって、いまがあるのですね。劇団の旗揚げから現在まで、思い出深いエピソードがあれば教えてください。

 

林 『デズデモーナ』ペルー公演(1996)。公演終了直後に日本大使館占拠事件があり楽屋見舞いに来てくださった青木大使や歓迎会を開いてくださった日系人の方たち多数が人質になったこと。タイミングが少しずれていたら私たちもそこにいた可能性があった。

 『デズデモーナ』クロアチア公演(1999)。この公演は日本人パフォーマー1名、残りの俳優・パフォーマーは全てクロアチア人でしたが、丁度、コソボ紛争が始まり、NATO空軍機がユーゴ(セルビア)に爆撃に行く空路の途上に開催都市があり、参加のフェスティバル自体が中止に追い込まれました。しかし、現地メンバーがこういう時こそやるべきと頑張ってくれて、かなり苦闘しましたが結局、実現いたしました。
 
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『デズデモーナ』(2014)撮影:森信英 
 
---板橋ビューネ2016に参加した理由を教えてください。

 
林 以前からサブテレニアンで公演をしたいと考えていたところ丁度タイミングが合った、ということです。

 
 
---ありがとうございます。今回のテーマ「ナンセンス」について、感じたことを教えてください。


 
林 今回の作品がこのテーマに合っているかどうか迷いましたが、大きな枠組で戦後日本の国家レベルの物語をナンセンスと捉えてみると戦前と戦後の非断絶をテーマとしたこの作品と入れ子構造を作ることが出来るのではないかと考えました。私たちが生きる時間、生きてきた時間は戦後日本に属するわけですが、この作品は「平和国家」、「戦前とは断絶した民主国家」という私たちの思いこみ、想念の物語に対してその固定観念を打ち砕く批判性を持っている、少なくとも疑問符を提示するための応答を試みているテクストであると考えました。演劇が社会とその共同体に生きる者のある種の鏡とするなら、その鏡は同語反復であってはならない。絶えず別の表情、姿を映し出す鏡であるべきだと思います。この作品を通して戦時と戦後の断絶を個人レベルから見ると何が変化したのか、あるいは変化しなかったのかが表出されていて、同時に現在、保守政治家などによって物語化されつつある「戦後レジーム」なる言説を異化する、つまり物語を解体する(無意味化/ナンセンス)ような、ある種の亀裂を生みだしうるテクストと思えたのです。
 
 
---興味深いお話です。今回のみどころを教えてください。


 
林 時間を主題にしています。

 日常の会話部分と非日常身体との対置により、私たちの存在を根拠づけている「人間性」とその根拠となる文明、特に近代文明の中で人間の自然性の喪失、日常からの死の消失を反映する身体の様相を批評対象とし、同時に非日常身体によって構成される時間軸の提出によって過去、記憶ということで成立する個人幻想の解体を内包した舞台になると思います。

  
  
---好きな音楽、本、人物など、演劇以外の分野で影響を受けたもの(人物)がありましたら教えてください。
 
林 ピンクフロイド、ディープ・パープル、ボードレール、ランボー。

 
 
---昨今、日本でおきていることで気になることは何かありますか。

 
林 人が壊れつつある。そんな中、1936年ベルリンオリンピック、1940年幻の東京オリンピックを想起させる国威発揚のオリンピックが4年後にあるが、その間に壊れかけた人間を絆、団結という繰り返し使われてきた薄っぺらな精神の抑圧構造でまとめて行こうとする勢力が政治家、財界、マスコミなどを支配しつつあるのが不気味。ただただ今の日本は不気味です。

 
 
---昨今、韓国でおきていることで気になることは何かありますか。

 
林 演劇に対する検閲。パク・グニョン氏の作品の排除に象徴。

 
 
---パク・グニョンさんは、劇団コルモッキルの方ですか。助成金の辞退を強いられたり、国立伝統音楽院での上演が直前にキャンセルされたことなどでしょうか。

 
林 はい、そうです。

 パク・グニョン氏はコルモッキルの主宰・劇作家・演出家です。

 15年前に彼の『代代孫孫』をリーディング演出したことがあります。彼の戯曲の日本での初訳初演だと思います。

 
 
---
昨今、世界各国でおきていることで気になることは何かありますか。

 
林 紛争の拡大と人種、宗教による差別、偏見の増幅。その根底に欲望のシステムである資本主義がグローバル化によってもはや国家や政治のコントロールを越え、世界を少数の富める者と多数の貧困層という形で分断しその対立が先鋭化しつつあることがあげられる。衝突の度合いはより深まりどこかでこの世界は破綻するのではないかと感じている。

 
 

---演劇を好きになったきっかけはなんですか。

 
林 いつ好きになったのかわかりません。好きかどうかもわかりません。やっていると苦しいことの方が多いです(笑)

 
 
---演劇を始めたきっかけはなんですか。

 
林 学生時代、劇団座長の友人に手伝いを頼まれたのですが、その後、彼が失踪し所属する役者を含め、全ての責任を背負うことになりました(笑)
 
 

---貴重なお話をいただきありがとうございました。

私も含めた、演劇を志す人たちにとって、得るところが大きいです。上演もとても楽しみにしています。

(文責:さたけれいこ)

2016年8月26日 (金)

板橋ビューネ2016参加劇団インタビュー:ペリカン船「『何で貴方は敵なんでしょう』。その言葉はサラッと放たれました。」

板橋ビューネ2016「ナンセンス」(http://itabashi-buhne.jimdo.com/)に参加する劇団に、劇団の軌跡や、みどころについて、別冊サブテレニアンがインタビューをいたしました。おのおのの劇団の魅力に気付かされる点が数多くありました。ぜひご一読ください。

 
ペリカン船「『何で貴方は敵なんでしょう』。その言葉はサラッと放たれました。」
 
 
板橋ビューネ2016:ペリカン船『戦場のピクニック』(U-25公演@東京・サブテレニアン:9月3日19:00~/4日15:00~、19:00~)
【U-25公演】・・・25歳以下の若手が古典戯曲に挑みます。U-25プロデュース:岡田和歌冶(雲の劇団雨蛙)

 

---このインタビューにお答えいただく方のお名前と劇団の中での役割 を教えてください。

 

A 劇団ペリカンの田中達也です。旗揚げメンバーです。 

 
 

---ペリカン船は田中さんの個人ユニットなのですね。劇団ペリカンのメンバー構成、人数、役割などを教えてください。 

 
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田中 劇団員は現在4名で、旗揚げ公演に参加して頂いた役者さんが入りたいと志願し新たに仲間が増えました。

 今年11月の第二回公演に向けてパワーアップした作品をお届けすべく絶賛稽古中です。(※)

※劇団ペリカン第2回公演

『残念ながら愛してる』

2016111日(火)~117日(月)

脚本・演出 南部鉄男

会場  SPACE梟門(きょうもん)

 

 

---劇団の旗揚げ公演について教えてください。

 

Tanaka_3 田中 去年11月に劇団を主宰の南部と共に旗揚げしました。『新宿さくらんぼ物語』という作品を書き下ろし、201511月に新宿のサンモールスタジオにて上演しました。サンモールスタジオでの劇団の旗揚げは自分達の劇団が初です。

 

 

 

---南部さんのことを教えてください。

 

田中 南部とは知り合いの舞台を観劇した後の打ち上げで、偶然隣の席になり意気投合しました。劇団ひまわり出身の俳優で、映像、舞台の仕事をしています。とても不思議な感性を持っている方です。今回は僕の個人ユニットなので関わっておりません。

 

 

---板橋ビューネ2016に参加した理由を教えてください。

 

田中 去年板橋ビューネ2015U-25に役者として参加したのですが、今回は演出として見方を変えて挑戦したいと思ったのです。 

 

 

---今回のテーマ「ナンセンス」について、感じたことを教えてください。

 

田中 ナンセンスとは何を持ってしてナンセンスなのかと、捉え方次第でとても広がりのある言葉だと思いました。

 

 

---なぜ「戦場のピクニック」という作品を選んだのか、作品について感じていたことを教えていただけますか。

 

田中 自分が初めて「戦場のピクニック」と出会ったのは、路上演劇です。去年開催された「多摩1キロフェス」という野外パフォーマンスのフェスティバルの中にあった演目の一つです。オムニバス形式の中に「戦場のピクニック」のワンシーンが抜粋されていました。劇中、「何で貴方は敵なんでしょう」という台詞があります。その言葉はサラッと放たれました。その時、一言でそれに対する答えは出せないなと感じました。

 

---今回のみどころを教えていただけますか。

 

田中 環境によって変化するものと普遍的なもの。

 

 

---戦場を肌で感じていたアラバールと、現在の私たちとでは、大きな乖離があるように私は思うのですが、田中さんはどう思われますか? 田中さんがおっしゃっている「環境によって変化するものと普遍的なもの」の中に答えがあると思うのですが、よろしければ、詳しく教えてください。

 

田中 現在の自分には戦争の実状を想像する事が限界で、戦場のリアルはその時代に生きて肌で感じている者だけが体現できると思います。しかし、今、自分が感じるのは、戦争とは色々な状況、環境に巻き込まれて生まれているものだということです。

 それを直接的に伝えるよりも、身近な物に例えて伝えたらどうなんだろうと思っています。身近な物から、戦争というシュチュエーションで意味が変わるもの、変わらないもの、という違いを楽しめたらと思っております。

 

---ありがとうございます。身近な物も、きっと戦場につながっているのでしょうね。そんな想像にはたらきかけるような舞台になりそうですね。田中さん個人のことについても、質問させてください。好きな劇団、劇作家、演出家、俳優など、演劇の分野でのお気に入りがありましたら教えていただけますか。

 

田中 つかこうへい さんです。

 

 

---好きな音楽、本、人物など、演劇以外の分野で影響を受けたもの(人物)がありましたら教えてください。

 

田中 尾崎豊 です。 

 

 

---写真では伺えない、田中さんのお人柄が表れていますね。お答えいただき誠にありがとうございました。上演を楽しみにしています。

(文責:さたけれいこ)

2016年8月25日 (木)

板橋ビューネ2016参加劇団インタビュー:ガクタミ「『カフカなのに笑える!!』そんな作品を目指しました。」

板橋ビューネ2016「ナンセンス」(http://itabashi-buhne.jimdo.com/)に参加する劇団に、劇団の軌跡や、みどころについて、別冊サブテレニアンがインタビューをいたしました。おのおのの劇団の魅力に気付かされる点が数多くありました。ぜひご一読ください。

 
ガクタミ「『カフカなのに笑える!!』そんな作品を目指しました。」
 
 
板橋ビューネ2016:ガクタミ『変身』(U-25公演@東京・サブテレニアン:9月3日19:00~/4日15:00~、19:00~)
【U-25公演】・・・25歳以下の若手が古典戯曲に挑みます。U-25プロデュース:岡田和歌冶(雲の劇団雨蛙)

 

---このインタビューにお答えいただく方のお名前と劇団の中での役割 を教えてください。

 

Kimg0788_4 MARCOです。ガクタミの演出を担当しています。

 

 

---劇団の旗揚げ公演について教えてください。

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MARCO 今回がこの劇団の初公演です。私の「カフカの作品がやりたい」という願いをきいて、集まってくれた人たちです。

 

 

 

---板橋ビューネ2016に参加した理由を教えてください。

 

MARCO 去年のUー25にも参加して、自分と同年代の演出家の作品に触発されました。自分ももっと表現を広げたいと思い、今年のUー25にも参加することにしました。

 

 

---去年のU-25では、「劇団さぼてん」として、岸田國士氏の「命を弄ぶ二人」を演出されましたね。

 

MARCO 劇団さぼてんは、U-25の為に集まったメンバーだったので、その後は解散という形をとりました。今以上に、演出について右も左も分からなかったので、メンバーの方には大変な思いをさせてしまったと思います。でも、あの経験がなければ、今ほどもっと演劇について学びたいとは思わなかったように思います。

 因みに、去年「劇団さぼてん」で出演した田中さんは、今年はペリカン船の演出家として、同じUー25に参加されています。

 

 

---今回のテーマ「ナンセンス」について、感じたことを教えてください。

 

MARCO 普段あまり馴染みがないので、焦りました。募集要項の例に挙げられていた作家の作品をいくつか読んでみました。ルイス・キャロルの不思議の国のアリスと鏡の国のアリスは家にあったので、「ナンセンスってなんだろう」と思いながら、読み直しました。いろんな作品を見てみると、ユーモア溢れる表現が沢山あって、舞台上で表現出来たら楽しそうだなと思いました。

 

 

---カフカの「変身」をえらんだ理由は何ですか。

MARCO 最初は作品を探すのに苦戦しました。U-25のプロデューサーの岡田和歌冶(雲の劇団雨蛙)さんからカフカもナンセンスだと聞いて、学生時代に思い入れのあったカフカの変身に決めました。

 

 

---今回のみどころを教えてください。

 

MARCO 「カフカなのに、笑える!!」、そんな作品を目指しました。グレーゴルがどんな姿になったのか。想像しながら楽しんで頂ければと思います。

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---好きな劇団、劇作家、演出家、俳優など、演劇の分野でのお気に入りがありましたら教え下ください。

 

MARCO 安部公房さん。現実とは違う世界観の中に、でも現実的なところがあって、グサリと心に来るような出来事が起こるところが好きです。

 学生時代、仲間と「半腸人類」を上演した時に、医者役で出たことがあるんです。その時は他の作品を探したりすることはなかったのですが、最近、作品を読んで「面白い!」と思いました。最近のマイブームは安部公房の作品探しです。

 

 

---好きな音楽、本、人物など、演劇以外の分野で影響を受けたもの(人物)がありましたら教えてください。

 

MARCO ドストエフスキーの「罪と罰」と太宰治の「人間失格」。

 かっこよくない、人としてダメな主人公の話が好きです。特に、飾りのない人間を描いているこの二つはお気に入りです。

 

 

---演劇を好きになったきっかけはなんですか。

 

MARCO 宝塚の舞台を見たことです。舞台って面白いと思ったのは、これがきっかけでした。

 題名は覚えていないのですが、和風ファンタジーの作品でした。確か小学校高学年くらいの時に見たと思います。実家が田舎で、プロの舞台に触れる機会が殆どなかったのですが、親を説得して、新幹線で博多座まで連れて行ってもらいました。最近では、いろいろな舞台を見られるので、宝塚は見に行かなくなってしまいました。最後に見たのは2年前くらいでしょうか。

 

 

 ---演劇を始めた頃、大変だったことはなんですか。

 

MARCO 高校生の頃、大会の前日に台本が出来上がり、当日も本番ギリギリまで稽古するということをよくしていました。

 

---大変な経験をされてきたのですね。今回はどんな舞台になるのでしょうね。お忙しいところ、質問にお答えいただき誠にありがとうございました。上演を楽しみにしております。

(文責:さたけれいこ)

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