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2021年6月

2021年6月 5日 (土)

劇団肋骨蜜柑同好会meetsCLASSICS No.3『走れメロス ~TOKYO20XX~』サブテレニアン15周年記念月間 嶋谷 佳恵インタビュー

劇団肋骨蜜柑同好会meetsCLASSICS No.3『走れメロス ~TOKYO20XX~』6/8-13

劇団肋骨蜜柑同好会

 東京を中心に演劇活動を行う。
2010年の旗揚げから現在に至るまで、手探りで、暗中を模索するように活動中。
 主宰フジタの標榜する「演劇とは方法論ではなく存在論である」という言葉のもとに 、言語による世界の腑分けを試み、「生きづらさ」を抱えた人たちの救いとなることを考えている。
 頭のねじがどこか緩んでいるようなズレた登場人物と、捩れたメタフィクション的な構造、既製品を多用したシンプルで分裂的な舞台構成が特徴。
 ストーリーやメッセージを極端に廃し、あるいは換骨奪胎し、あるいは解体し、その先の地平にたどり着くべく、過剰に論理的に「なぜ演劇なのか」を問い続ける。問い続けたい。問い続けられますように。
 コミュニケーションはいつも、祈りの形に。(劇団HPより)


 サブテレニアンでは、15周年記念月間として、劇団肋骨蜜柑同好会を迎える。感染対策のため、客席数を劇場定数の25%程度に削減しての公演だ。配信での公演もあるので、ぜひご覧いただきたい。
 劇団肋骨蜜柑同好会は、第一回公演をサブテレニアンで行っている。(2010年『レインコートの悪魔』)その後活躍の幅を広げ、王子小劇場、シアターミラクルなど、東京都内の小劇場で数多くの公演を行ってきた。今回は、主宰のフジタタイセイさん、出演する劇団員の嶋谷佳恵さん、藤本悠希さんにお話を伺った。

 

嶋谷 佳恵
2019年入団。カラリとした笑い声と地に足ついた立姿で確かな存在感を醸し出す女優。しなやかなバネの強さで、鬱屈した芝居から漫画的キャラクターまで幅広く乗りこなす。俳優業だけでなく、劇団全体の総務も兼任。好物は豆と酒。(劇団HPより)

 

---劇団のyoutubeチャンネルで公開された『あなうま』を拝見しました。とてもパワフルな役者さんだと思いました。今日は稽古を見学させていただいて、声が魅力的で、高い声から低い声まで綺麗で感心しました。

 

 ご覧いただきありがとうございます。『あなうま』は guizillen の佐藤さんという方が企画した『モノローグ演劇祭』に2年前に参加した時の作品です。
 この作品で王子小劇場主宰の企画に再度参加する予定だったのですが、イベントが中止となってしまったため、動画を撮って配信しました。

 

---嶋谷さんがモノローグ演劇祭に出ようと思い、フジタさんに脚本を依頼したとのことですね。その理由を教えてください。

 

 当時は劇団員ではなかったのですが、肋骨蜜柑の作品がすごく好きで、毎回お客さんとして観に行っていたんです。ファンの一人でした。
 フジタさんの作品には、登場人物のモノローグが毎回出てくるのですが、それがすごく好きで、もし一人芝居をやるなら「フジタさんに書いてもらうしかない」と思ったんです。

 

---その後劇団に入られたのですね。演劇活動を始める前は何をなさっていたのですか。

 

 大学を卒業した後、ずっとアルバイトをしていたんです。北海道の実家からは「フリーターをしているなら帰ってきなさい」と言われていました。その後、就職活動をしたのですが、仕事をやろうという目標がなくて。でも、演劇は好きだったので、好きだったからやってみようと思いたちました。

 

---コロナ禍で困ったことはありましたか。

 

 今は商業演劇のスタッフの仕事で収入を得ているのですが、2か月くらい活動が何も無くなってしまい、やる気がおきなくて呆然としていました。お金がないから生活もできないし。困りましたね。
 その後、対策をしながら公演を行うことができるようになってきました。

 

---それは大変でしたね。今も観客数を減らしての公演だと運営は厳しいのではないですか。

 

 私が関わっているところは、主に演劇のグッズ販売を行っていて、通信販売が好調です。実際の公演でもスタッフに入りますが、グッズの販売などは密を避けるために休止しています。


---肋骨蜜柑同好会でもグッズを販売されていますね。今回の公演のDVDも販売されるとか。

 

 肋骨蜜柑では私はグッズ販売に関わっていないのですけどね。スタッフの桜義一さんが担っています。

 

---今回の公演もそうですが、ストリーミングやDVDで楽しめるのも良いですよね。アバラジオもyoutubeで楽しめますものね。

 

 はい。遠方の方も見れるのも良いですよね。もちろん生で見るのとは違いますが、いろんな楽しみ方があるのは良いと思います。個人的にはコロナが治まっても、楽しみ方の選択肢はたくさんあるとよいな、と思います。

 

---今回の公演、そして今後の嶋谷さんの俳優としてのご活躍、楽しみにしています。お話聞かせていただきありがとうございました。(聞き手 さたけれいこ)

 

 

劇団肋骨蜜柑同好会meetsCLASSICS No.3『走れメロス ~TOKYO20XX~』サブテレニアン15周年記念月間 藤本 悠希インタビュー

劇団肋骨蜜柑同好会meetsCLASSICS No.3『走れメロス ~TOKYO20XX~』6/8-13

劇団肋骨蜜柑同好会

 東京を中心に演劇活動を行う。
2010年の旗揚げから現在に至るまで、手探りで、暗中を模索するように活動中。
 主宰フジタの標榜する「演劇とは方法論ではなく存在論である」という言葉のもとに 、言語による世界の腑分けを試み、「生きづらさ」を抱えた人たちの救いとなることを考えている。
 頭のねじがどこか緩んでいるようなズレた登場人物と、捩れたメタフィクション的な構造、既製品を多用したシンプルで分裂的な舞台構成が特徴。
 ストーリーやメッセージを極端に廃し、あるいは換骨奪胎し、あるいは解体し、その先の地平にたどり着くべく、過剰に論理的に「なぜ演劇なのか」を問い続ける。問い続けたい。問い続けられますように。
 コミュニケーションはいつも、祈りの形に。(劇団HPより)


 サブテレニアンでは、15周年記念月間として、劇団肋骨蜜柑同好会を迎える。感染対策のため、客席数を劇場定数の25%程度に削減しての公演だ。配信での公演もあるので、ぜひご覧いただきたい。
 劇団肋骨蜜柑同好会は、第一回公演をサブテレニアンで行っている。(2010年『レインコートの悪魔』)その後活躍の幅を広げ、王子小劇場、シアターミラクルなど、東京都内の小劇場で数多くの公演を行ってきた。今回は、主宰のフジタタイセイさん、出演する劇団員の嶋谷佳恵さん、藤本悠希さんにお話を伺った。


藤本 悠希
2018年入団。その迸る演劇愛と、繊細で大胆な演技で観客を魅了する。常に丁寧でストイックであり、ベビーフェイスな見た目と相まって人好きのするタイプであるが、ややナイーブな一面も。卒論は野田秀樹で書いた。好物は肉とチーズ。(劇団HPより)

 

ーーー劇団のyoutubeチャンネルで配信中のアバラジオを拝見しました。「どうして劇団に入ったのか」について語っていらっしゃいましたね。

 

 第一回のアバラジオですね。まだアバラジオがアバラジオの形をなしていなかった頃です。

 

---『あまちゃん』が大好きで映画や演劇にはまっていったと。

 

 大学に入るまではお芝居を観たことがなかったんです。ドラマや映画を見るのは好きでした。

 

---笑顔が素敵でいらっしゃいますね。稽古では、まるでスポーツのように動き回っているのが印象的でした。

 

 肋骨蜜柑同好会の芝居は、短い時間でたくさん動いて、台詞も結構な分量を喋るのでそう見えるのだと思います。また、自分だけで完結せず、共演者と呼吸を合わせないと成立しないので、毎回「スポーツのようだ」という感想をいただきます。

 

---スポーツのご経験はあるのですか。

 

 小学校は水泳とサッカー、中学校で軟式テニス、高校では硬式テニスをやっていました。部活動でスポーツを行っていた時よりも、演劇を始めてからの方が身体への神経の使い方がわかってきたような気がします。より身体のことを意識するようになりました。いま考えると部活動では漠然とやっていましたね。

 

---劇団肋骨蜜柑同好会との出会いについて教えてください。

 

 『愛の技巧、または彷徨するヒト胎盤性ラクトーゲンのみる夢』(2016年@シアター風姿花伝)を観て、面白いと思ったのが最初の出会いです。会話劇かと思ってみていたら、どんどん雲行きが怪しくなって、「これは何が起こっているんだ?」と引き込まれていきました。
 その後すぐに、シアターミラクルで行われる『ミラクル祭'17』にフジタさんが参加することを知り、オーディションを受けて合格して出演しました。

 

---良い出会いでしたね。

 

 本当にそうですね。出会っていなかったら「人生変わっていたな」と思います。何事においてもそうですけどね。

 

---大学の卒論が野田秀樹について書かれたとのことですね。

 

 明治学院大学の文学部の芸術学科で学んでいました。入った当初は映画やドラマに興味があったのですが、大学のサークルで演劇にはまり、演劇を学ぶメディア論のコースを選択しました。


---コロナ禍で大変ではなかったですか。

 

 アルバイト先はしっかりと補償を出してくれるところだったので、助かりました。演劇で生計を立てているわけではなかったことが、結果的に救われたような感じです。知人、友人がアルバイトの仕事を減らされて大変という話はよく聞きます。

 

ーーー公演自体が危ぶまれる中、劇団の活動を支えて、公演を行ってくださることは、本当に有難いと思っています。藤本さんの今後の俳優としてのご活躍も期待しています。(聞き手 さたけれいこ)

 

劇団肋骨蜜柑同好会meetsCLASSICS No.3『走れメロス ~TOKYO20XX~』サブテレニアン15周年記念月間 フジタタイセイインタビュー

サブテレニアン15周年記念月間

 

劇団肋骨蜜柑同好会meetsCLASSICS No.3『走れメロス ~TOKYO20XX~』6/8-13

 

劇団肋骨蜜柑同好会

 東京を中心に演劇活動を行う。
2010年の旗揚げから現在に至るまで、手探りで、暗中を模索するように活動中。
 主宰フジタの標榜する「演劇とは方法論ではなく存在論である」という言葉のもとに 、言語による世界の腑分けを試み、「生きづらさ」を抱えた人たちの救いとなることを考えている。
 頭のねじがどこか緩んでいるようなズレた登場人物と、捩れたメタフィクション的な構造、既製品を多用したシンプルで分裂的な舞台構成が特徴。
 ストーリーやメッセージを極端に廃し、あるいは換骨奪胎し、あるいは解体し、その先の地平にたどり着くべく、過剰に論理的に「なぜ演劇なのか」を問い続ける。問い続けたい。問い続けられますように。
 コミュニケーションはいつも、祈りの形に。(劇団HPより)


 サブテレニアンでは、15周年記念月間として、劇団肋骨蜜柑同好会を迎える。感染対策のため、客席数を劇場定数の25%程度に削減しての公演だ。配信での公演もあるので、ぜひご覧いただきたい。
 劇団肋骨蜜柑同好会は、第一回公演をサブテレニアンで行っている。(2010年『レインコートの悪魔』)その後活躍の幅を広げ、王子小劇場、シアターミラクルなど、東京都内の小劇場で数多くの公演を行ってきた。今回は、主宰のフジタタイセイさん、出演する劇団員の嶋谷佳恵さん、藤本悠希さんにお話を伺った。


フジタタイセイ
 劇団肋骨蜜柑同好会の主宰・メインディレクター。ミニマルな会話で虚と実のルールを捻じ曲げる脚本と、俳優個人に固有の体験、欠落や傷跡をさらけ出させるような、メタフィクション的で魔術的な演出が特徴。ネガティブ。(劇団HPより)

 

ーーーインパクトのある劇団名が気になっていて、由来をホームページで拝見しました。「骨の中でも肋骨が好きで、肋骨の後ろに何を付けるか後輩に聞いたら、『蜜柑』という答えが返ってきた」と。それでもわからなかったのでお聞きしたいのですが、なぜ「同好会」を付けたのでしょうか。

 

 言葉のリズムが良くなると思ったからです。たまたま演劇をやっているだけの集団という思いもあります。

 

---でも、劇団なんですよね。フリーの役者さんや、その時々のユニットで活動する団体も多いと思うのですが。

 

 劇団というものへの漠然とした憧れがありました。東京で劇団をやりたいと思っていたんです。田舎で生まれて、田舎の大学に行ったので。

 

---筑波大学の在学中に劇団をはじめられたのですよね。お生まれはどちらですか。

 

 青森です。大学に行って、東京の劇団をいっぱい見ようと思っていたのに、茨城から東京ってすごく遠いんですよ。

 

---劇団って重くないですか?

 

 僕たちは重くないんですよ。活動も全員参加ではないんです。
 僕たちの劇団は港のような、ホームグラウンドのようなところだという思いがあります。劇団員にはスタッフとして関わっている方がたくさんいて、彼等は皆仕事を持っているんです。彼等が「やりたい」と思ったときに、現場があって、参加できる状態にしておきたいんです。僕はそれが楽しいと思っています。
 劇団名については「『劇団』を取った方がいいよ」とか「『同好会』をとった方がいいよ」とかいろいろ言われるんですけど、両方名乗っているのがうちの劇団です。

 

ーーー他の劇団とは違う方法論等は何かありますか。

 

 一つ確実に言えるのは、僕は体系的に演劇を学んできた人間ではない。しかもたくさん演劇を観ているタイプでもない。戯曲も、演劇の本も読みますが、そんなに一生懸命読んでいるわけではない。
 野良演劇人間なんですよ。
 演劇的なバックボーンとか地盤を持たずにここまでやってきて、いろんなところでいろんな知識を手に入れて、「次はこれを試してみよう」ということを十年ずっと繰り返してきた結果、異様なキメラのような演劇理論が僕の中で出来始めているという実感があります。それは、あまり見たことのない形のもので、僕はそれを面白いと思っています。
 元々「肋骨」と「蜜柑」という二つの言葉を合わせて別のものが生まれるように、作劇や演技や演出でもいろんなところからいろんなものを、遠いものだけど根底のところは繋がっているものを結び付けながら作り上げているところは、劇団名に近づいてきていると思います。

 

---サブテレニアンでの第一回公演を私は拝見していて、そのときのことを思い出しています。「なんだか演劇っぽくない演劇だな」「若くてお洒落な感じだな」と思ったのを覚えています。大きな声も出していなかったですし。今の方が声も大きいですよね。

 

 あの頃はコントが大好きだったんです。そこから不条理劇が好きになって、別役実、イヨネスコ、ベケット、ケラリーノ・サンドロヴィッチなどを見たり読んだりするようになりました。
 「異常なルールで進行している空間を、短くルールだけ提示する短編演劇」のことをコントだと思っていたんです。第一回公演ではそれをやりたくて、異常なルールだけが提示される静かな短編演劇7本を上演しました。
 それから年月が経って、「わーっ」とやるのが楽しいと思うようになったんです。人間が大きな声を出して、肉体を酷使することで、現実のルールを肉体が逸脱していく。それは演劇でしかできないことだと思うんです。
 ルールでがんじがらめになった身体の形、あり方を、身体自身が劇のルールを持ち上げて違うところに持っていく、そんなことを公演ではやったりやらなかったりしています。今回の『走れメロス ~TOKYO20XX~』はその色が強い公演です。


---劇団のホームページの劇団紹介に「『なぜ演劇なのか』を問い続ける。」とありましたね。共感しました。


 多分、ずっとルールのことを考えているんだと思います。空間のルール、演技のルール、戯曲を書く上で自分にルールを課すということもあります。十年間、いろんなルールを試しているという感じが近いです。


---今回の『走れメロス ~TOKYO20XX~』についてお聞かせください。端的に言って、オリンピックと関係があるのですか?

 

 あるような、ないようなという感じです。詳しくは見ていただいた方がよいと思います。
 「走れメロス」という小説が如何にして生まれた小説なのかということを、ある種誤読、曲解することでオリンピックになぞらえることができるんじゃないかという発想が先ずありました。
 太宰治が「走れメロス」を書いた時期というのが、構想が1936年、執筆、出版が1940年なんですが、これはベルリンオリンピックと中止になった東京オリンピックに挟まれた時期なんです。太宰治が、どのような心境、苦悩の中で書いたのかということを、曲解に次ぐ曲解、誤読に次ぐ誤読で、見たことのない形にできたら、と思っています。

 

---残席は少ないそうですが、配信、DVD販売もあるとのことですね。今回の公演、とても楽しみにしています。(聞き手 さたけれいこ)

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