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2020年8月

2020年8月20日 (木)

ことのはbox「楽屋」 稽古場レポート10

8月19日(水) 担当 原田

ことのはbox 第15回公演「楽屋~流れ去るものはやがてなつかしき~」
集中稽古7日目

本日は稽古最終日
この最終稽古というのは、演出家や座組みよって様々であると思う
最後まで小返しをやる、通しを2回やる等々
今回は前日の通しで気になった点を抜き稽古で解消し、その後に通し稽古を行った

稽古最終日付近ともなると、通し稽古を何回も行なっているので、完璧な間や形が形成出来ていても慣れというものが存在し、反応や対応が生きてこなくなる
その辺りを重点的に返し稽古で詰めていった

自身は稽古最終日から公演初日までの各キャストのメンタルや座組み全体の空気感の推移をとても重要視する
平たくいうとキャストを乗せることによってメンタル面もプラスに高まった状態で初日を迎えられるようにコントロールしていく
稽古最終日、劇場入り、場当たり、ゲネプロ、そして本番初日へと
特にプロデュース公演のような色々な出自のキャストが集まる座組みほどこの部分を重要視する
しかし、伝えなければいけない部分はないがしろにできないのでそのバランスをとっていくのが難しい
この時期になると座組み一同がピリピリしてきているのでそれも要因の一つだ

今回の公演主旨である、演出家4人による4バージョンの上演について、他の3バージョンの通しを何回かずつ観た
違った色の演出をする3人なので狙い通り各班ともに違った楽屋が創作されており、競争というより文字通りの見比べによる楽屋という戯曲の面白さを感じ取ることができる
中々こういった耐久力のある戯曲で同時に何本もの作品を作ることがないから、今回の試みはうまくいっている
そして他の作品を見ることによって自身の演出家としての見識やスキルのアップグレードにも繋がるので、この企画を催して成功だと実感した

2020年8月19日 (水)

ことのはbox「楽屋」 稽古場レポート09

8月18日(火) 担当 岡崎良彦


本日、当班は最終稽古となる。通し稽古を始める前に音響との合わせ稽古、そしてメイクの アドバイスなどをもらいながら準備に入る。 最後の通しということもあり、役者陣も落ち着かない様子であるが、一番落ち着きがないの は自分自身だ。
衣装、音響、メイク、用意のある小道具、揃えられるものを全部揃えた最終通し稽古をスタ ートする。本日も数名のギャラリーを入れての通しだ。
率直な通しの感想としては、及第点、といったところか。少々トラブルがあっての動揺、多 少の不安定さはあったものの最も大事にしたい内面の部分に関してはしっかり流れていた と思う。稽古場でのトラブルは大変ではあるが小屋入りする前の経験としては悪いもので はないと思っている。
稽古最終日は、役者にノートを出す際にマイナスな表現は避けるように気を付けている。 もちろん、修正箇所であったり指摘しなければいけないことに関してはしっかり指摘はし ていくのだが、言葉のチョイスや言い回しに気を使う。 甘やかしたいわけではないが、次に立つのは場当たり、実際の舞台だ。それを控えた役者の 気持ちを削ぐような表現で追い詰めていくのは得策だとは思ってない。 しかしながら当班は、ここから場当たりまで丸二日空いてしまうので台本を手放さないこ と、必ずできる限り目を通すことは念押しする。 二日後、いい状態で役者たちに逢えることを切に願う。
今回の楽屋の演出に於いて、「私は 4 人の女優たち」と「ニーナ」、ひいては「撃ち落とされ たかもめ」、さらに加えて「3 人姉妹」との親和性に着目し、それを色濃く浮き彫りにする ことを演出の主軸においてきた。結果生まれた【楽屋】が当班の「楽屋」だ。
この作品に救いはない、あるのは救いではなく選択。他チームと比べて酷く陰鬱で抑圧的な 作品に仕上がっているのは狙い通り。 当班の【楽屋】が観客を「正しく傷つけ、ヒリヒリさせる」ことができることを願って小屋 入りに臨みたいと思う。 小屋入りしてからも芝居は変わるだろうし変わっていかねばならないと思うので、最後の 公演の幕が下りるその日まで、貪欲により良いものを目指して邁進していこうと思う。
演出 岡崎 良彦

2020年8月18日 (火)

ことのはbox「楽屋」 稽古場レポート08

8月17日(月) 担当 岡崎良彦

稽古もいよいよ大詰め。
当班の稽古は本日を含めて残り二回。 今日も通しを行う。この時期で、4チームともなると他班のメンバーが見学しあ ったりする時期だ。
今日も数名のギャラリーの中通しを始めた。 結果から言うと、良い通しではなかった。緊張か、残り少ないからと気負った か、全体的にとても固く、無駄な力の入った芝居に感じた。これまでにないミス であったりが散見された。この時期には勿体ない結果ではあるが、舞台が水モ ノである以上どうしても「そういう日」はある。 大事なのはそれを演じている本人たちが感じられるか、だ。 今日の通しの悪い流れは役者達も感じながら演じていたようで、一度こういう 悔しい思いをしていればもう繰り返すことはないだろうと考えたい。
しかしながら、全体としては良くなかったものの、自分が大事にしたい役者たち の「心の動き」というものは回を追うごとに大きく感じられるようになってきたの でそこはプラスだと言える。 それぞれの織りなす心の動き、そのダイナミックがピースとしてハマるときを想 像すると心が躍る。
さて、前回のレポートで今回演出するにあたって決めたことがもう一つある、と いう話をしたが、それは「自分らしく演出すること」だ。 当劇団で演出を始めてからこれで三作目、いろんな人から感想、指導、アドバ イスをもらってきた。無下にするわけでもなく、頂いた言葉は真摯に受け止めて いるつもりだが演出家としての自分がどうありたいかを考え、今回は自分らしく 演出することに拘ってみた。自分の演劇の基盤となっているアメリカでの学生 生活。当時何を感じどうしてきたのか、そんなことを思いおこしながら今回の演 出方針を決めた。 今回は基本的に「役者本意」の演出、そして「チーム」で作る作品という点に拘 ってここまできたつもりだ。演出家である自分も、役者と同じ目線で同じ地面に 立って「一緒に」創るのが演出家としての自分らしさだと思ったのだ。 もちろん、引くべき手綱は引かねばならないし、自分の創りたいものは強く持た ねばならないが、私が「頭」ではなくあくまで「一緒に」創る作品でありたいと。

その私の思いがどれだけ結果として現れているのか、お客さんに判断してもら う他ないが、間違いではなかったと言える作品に仕上げたい。 泣いても笑っても当班は明日が最後の稽古。
明日も変わらず足掻き、よりよいものを目指していきたい。
演出 岡崎良彦

2020年8月17日 (月)

ことのはbox「楽屋」 稽古場レポート07

ことのはbox 第15回公演「楽屋~流れ去るものはやがてなつかしき~」
集中稽古5日目

本日の稽古を入れて残りの稽古は3日
通し稽古後に抜き稽古を行った

今回の上演演目である「楽屋~流れ去るものはやがてなつかしき~」について

自身、6年前に利賀演出家コンクールにてこの戯曲を演出しており今回で2回目の演出機会となる
前回はコンクールでの上演ということもあり入り込んで作品を創作をしたが、今回は劇団公演、しかも全部で4バージョンもあるため、この演目を客観的に見ながら稽古期間を過ごせている

この戯曲は、女優の「業」を描いており、人数も4人と手頃でセットも僅かな置き道具で成立するという辺りが日本で最も上演機会が多い理由なのだろうが、考えれば考えれるほど観客に楽しんで頂くためにはとてもハードルが高い演目であることを痛感してきており、とても気軽に上演したいとは思えなくなってくるのだ
演出のレンジの広さ、役者に求められる耐久度、劇中劇に出て来るシェイクスピア、チェーホフ、三好十郎等の古典戯曲との対峙、メタ的な多重構造な構成、そして、元々は稽古用のエチュード台本として書かれた(定かではないが)こともその理由の1つではないか
成立させなければならないことが多岐にわたっており、向き合えば向き合うほど、戯曲側から都度問いかけを投げ続けられる
こういうところが演出家コンクールの課題戯曲にあげられる所以なのか、と今更ながら納得してしまう

オリジナル戯曲が上演されることが多い日本で、こういった強度のある戯曲と向き合うことで、見識や思考回路のアップグレードができるのはとても有り難く、至福の期間である

限られた残りの稽古時間、劇場入り、本番入ってからもこの難敵に対峙し、少しでも理解の幅を広げられるよう最後まで抗いたいと思う

2020年8月16日 (日)

ことのはbox「楽屋」 稽古場レポート06

8月15日(土) 担当 吉川

本日の稽古は衣装付、メイクも実際に行うほぼほぼ本番同様の形で通し稽古ができた。嬉しい。
稽古が進むと役者の力用によってはもう手心を加える所がなく、役者の慣れが生じてくる事が多々ある、新鮮味が無くなり流れ作業の様にセリフが出てきて観ているこちらもあくびが出る程だ。
しかし今回のキャストは毎回良い意味で芝居が違う、相手の動き、台詞の変化に対応してくれる。そこに期待して演出側もどんどん改良していく、
芝居を固めていくにはまだ早い、
「ごめんよ、まだボクには変えれる所があるんだ。
こんなに嬉しい事はない。」
アムロも涙を流して喜ぶ事だろう。

良いのか悪いのか、私の演出は、お客様に「これはアドリブなのか?」と思わせたい所が多々ある、そんな演出を嫌がる演出家もいるだろう、100人居れば100通りの演出があって良いのが芝居だ、100人乗っても大丈夫なのがイナバ物置だ。
もう一つ特徴的な演出は「自然さ」である、
登場人物が互いのセリフを待つ事なく自然に発声する、セリフが被った所でそれが自然であれば良い、お客様に違和感無く芝居を観て欲しいからだ。
セリフが聞こえなかった、と言ってくる人も居るだろう、そんな時は、ブルースリーよろしく「考えるな、感じろ。ニュアンスで。」と一蹴したいところだが、そうはいかないので「席を変えてまた観てみてください!」と言っておく。
逆にセリフ全部を大切にする演出は「そのセリフ、全部聞かないとわからないですか?」とお客様に聞いてみたくなる、長台詞、説明台詞、大切かもしれないが大概のお客様は学校で国語と道徳の授業を受けているだろうから余りに突拍子もない話(世紀末に一子相伝の暗殺拳を受け継ぐ系等)でなければテンポを重視したい。

話は戻るが、本日の通し稽古はとても良いデキだった、「仕上がる!」と確信した反面やはり欲が出てしまう、
その欲を殺して良いものか、役者を信じて欲を出すか、
今から役者陣に打診してみるが、答えはきっと「わかりました!」と返ってくるだろう。
明日から毎日通し稽古をする。

慣らす場所とまだまだ進化出来るところを探す稽古になるだろう。
日々の変化が楽しみになってきた。

2020年8月15日 (土)

ことのはbox「楽屋」 稽古場レポート05

8月14日(金) 担当 酒井

今日の稽古は、通し稽古からのダメ出し、そして小返しを行った。

うちの班は男性が女性を演じる為、通しの準備にとても時間が掛かる。
コルセットを締めて、身体のラインを変え、メイクをして、顔を変え、カツラをつけて髪型を変える。
そして、コルセットを締め上げた状態でアップをする。

その導入がとても大事なルーティンになっている。

さて、問題の通しはというと、
全体的な出来としては、まぁ概ね良し。と言った感じである。

最も評価出来るのは、私が今日出来ていないと感じている部分を、役者自身がきちんと認識出来ていることである。同じ出来ないでも、分かっていないのと、分かっていて出来ないのは随分と違う。

しかしながら、今日の通しは、その点でも評価出来るし、役者が自ら持って来て、トライして失敗するという、前向きな姿勢がとって見えた。

良い通しが出来たことに加え、今日はそのダメ出しの後の小返しの質がとても良かった。
時間が来てしまい、あのまま最後のシーンまで行けなかったのが悔やまれる。

役者のエネルギーの足りていない(或いは演出家の意図と共通認識出来ていない)シーン。
本日ならCの独白。
を細かく、細かく、返していく。
私の意図が伝わるように、役者の想像の外側のエネルギーに導いていく。

役者が掴みきれていないのは、何故かを考え、細かく分析し、その状況になるよう、何を付加させたら良いのかを考え、与え、導く。
それこそが演出の大きな仕事であり、私の得意分野であり、強みである。

今回の座組の役者は、注文を付ければ付けるほど、自分の芝居と相談し、自分のものにして私に提供しようとしてくれている。

稽古の初期段階で、私の作りたい作品について、またこの作品について、話をし、ディスカッションをし、共通認識を持ったことが、ここにきてものすごく意味を持ってきている。

演出家だけでは、芝居は作れない。

その事を実感する日々であるが、これからも本番まで、役者を正しくいじめ抜いていこうと、私のいじめ方は正しかったのだと、思わされた今日の稽古であった。


今日の通しは、ちょっと、うるっときてしまった。


明日は稽古がお休みなので、ゆっくり休んで、明後日からの稽古に挑みたい。

 

酒井菜月

2020年8月14日 (金)

ことのはbox「楽屋」 稽古場レポート04

8月13日(木) 担当 岡崎

ことのはbox第15回公演「楽屋~流れ去るものはやがてなつかしき~」
集中稽古4日目

当班は、固定稽古場に入ってから3度目の稽古となる。火曜日に通しをしたわけだが、これまで個々に積み重ねてきたものの繋がりを感じながら、この芝居の第一声から最後の一言まできっちり繋がるよう意識させることを念頭に置いて行った通しであった。
まだまだ及ばぬ点もありながら、キチンと次に繋がるであろう通しになったと感じている。
幕が上がるその日まで、出来ることを全てやり、よい作品になるように尽力するのみだ。

さて、本日の稽古はその通しを受けての抜き稽古となった。
女優Cと女優Dのシーンに注力して稽古をしたわけだが、この2人の確執というのはこの戯曲において言うまでもなく大事な要素であるが故に、演出としても力が入る。
何度も何度も同じシーンを繰り返し取り組んだ。

上記の2人に限らず当班の目下の問題は「パワー不足」だと感じている。

当然ながら「パワー」というのは台詞回しやボリュームの問題ではない。「想い」の強さ、感情のパワーだ。

稽古初期から固定稽古場に入る前までにも、その点については指摘してきており、多少の改善こそみられてもまだ私の求めるところ、この戯曲の求めるところには至っていないと感じる点は少なくない。今日の稽古でもその点について取り組んでいた。本当に微々たるものではあるが前進はしている。
残り少ない稽古日数、通しも増えて細かい返し稽古の時間が削がれてゆくここからが正念場だ。

今回、当班の「楽屋」はこの作品を知らない人、初見の人には台本通りのことをやっているように見えるだろう。実際、できる限り台本の指示、意図に沿った演出をしているつもりだ。(そもそも演出の選択肢を狭める記述の多い戯曲だ、と個人的には感じている。そういう意味では「ズルい」戯曲なのかもしれない。)
しかし、解釈の面において明言されていない部分に自分の色を足してみている。それによって新しく産まれた副産物をどう料理するのかということに関して女優陣とも再三話し合ってきた。稽古とは名ばかりの話し合いの時間がこんなに長い現場はそうそうないだろう。
それがどれだけの人に伝わるのか、伝わらないにしても世の演劇人が見慣れた「楽屋」との差異、または違和感を感じさせることが出来るのか当班の創る「楽屋」の肝だと思っている。

実はもう一点、演出に臨むに当たって心に決めたことがあるのだが長くなるので次回のレポートに回そうと思う。

明日は固定稽古場に入ってから2度目の通しとなる。
実り多いものになるよう、そしてまた新しい何かが産まれるよう、攻めの姿勢を崩さず取り組んでいこうと思う。

岡崎良彦

2020年8月13日 (木)

ことのはbox「楽屋」 稽古場レポート03

8月12日(水) 担当 原田

ことのはbox第15回公演「楽屋~流れ去るものはやがてなつかしき~」
集中稽古2日目

本日は前回の通し稽古で気になった箇所の抜き稽古に時間を使った
通し稽古ができる時期に入ると細かい部分を直していくことが多くなるが、繋がりのことを考慮しなるべくシーンを長めに返していく
そして、残りの稽古時間数が30時間を切ったあたりから、通し稽古と抜き稽古のバランスを考えていくようになる

今回の座組みのような初めて創作するキャスト陣だと、通し稽古の回数を多く取るよう心がけている
最初から最後までの流れをより多く体感させることにより、芝居のクオリティ以外の精神面でのケアもできる目論見を兼ねているからだ
何度も創作したことあるキャスト陣だったら、極論、ある種の信頼感から通し稽古は行わなくても狙った作品に仕上げることができる
プロデュース公演全盛の中、短期間での創作において、稽古のスケジューリングも作品の質を考える上でかなりのウエイトを占めるようになったと実感する

今回の上演演目、清水邦夫 作「楽屋~流れ去るものはやがてなつかしき~」
書かれたのは40年ほど前、多重構造の構成からなる日本で一番上演されている戯曲
作家がイメージした当時の女優像を、現代の「お行儀の良い」女優陣が演じると言う、そもそもそれ自体がメタ的になっており、どこまで当時の「烈々たる」女優達に近づけられるか、役者陣たちとの勝負である

今回の公演主旨である、演出家4人による4バージョンの上演についても、よりこの戯曲の面白さ、耐久度を浮き立たせる上で、バージョン違いの見比べを是非お勧めしたい

ことのはbox「楽屋」 稽古場レポート02

8月11日(火) 稽古場2日目 担当 吉川

ただいま、ことのはboxの企画で4チームの「楽屋〜流れ去るものはやがてなつかしき〜の稽古をしているが4人演出ということもあり水面下では演出家、キャストが火花を散らしているらしい(他人事)
今回の演目は言わずと知れた(平成生まれには説明しないとしられていなかった事は黙っておく)清水邦夫作「楽屋」だ。
これは1977年ごろの作品で、今から43年前、つまり当時二十歳の役者が演じていたとしたら初演の役者は現在63歳・・・当時女優D(推定20代若手プロンプター役)を演じていたかたも今じゃリアル女優A(推定60代のベテランながらメインを演じれなかった女優役)を演じれる、つまりは親子三代演じれる歴史を持った作品という事になる。
この昭和を代表する作品を現代に持ってきたら、実は色々な問題が含まれている。出る所に出したら暴力シーンやらなにやらでR15になってもいい。と思っていたが作品を読み込む度にコレは全年齢推奨なのだと思い知らされる。
昨今の役者の芝居熱からすると新劇よりも2・5次元、またはエンタメであるが、古典の良さ、芝居への情熱を伝えるにはなんともちょうどいい作品ではないか。
今回の演出ではそんな所に重きを置いて作品作りをして行こうと思っている。

今の所の稽古としては
ストーリーの奥にある登場人物の行動、なぜその様に動いたか、言動、なぜその台詞だったのか、そしてその台詞を受け取った側が何を考え答えたのか、を自分の中に落とし理解する、すると次の行動に自然と移れる、をメインに台詞、動きの確認をしている。
小返しをしてなるべく小道具・持ち道具に慣れて、次の動きがスムーズに出来るようにする。
明日の稽古ではテクニカルに頼れるところが他に無いか、も確認して音響照明に見せられる通し稽古が出来るレベルまで上げたいと思う。

ちょうど又吉直樹の小説「劇場」もかなり反響がある様だし、せっかくなら棚ぼた方式で僕の演出したこの「楽屋」を観て少しでも「演劇」を好きになてもらえたら幸いだ。

吉川尚志

2020年8月11日 (火)

ことのはbox「楽屋」 稽古場レポート01

8月10日(月) 担当 酒井

本日から、もぅ何度目かになるサブテレニアンでの集中稽古の開始となった。
今回の企画は、日本で1番上演されているという、清水邦夫さんの「楽屋」を4人の演出家がそれぞれの思惑を持って演出をするという企画であり、その違いこそが今回の企画のメインである。

稽古場レポートも日によって、担当する演出家を変えていくので、そんな所も楽しんで頂きたい。

さて、私たちの団体はいつもサブテレニアンに入る時は、美術の仮組みとして、平台などを用いてパネルの代わりに仕込んだりするのだが、今回は置き道具がメインとなり、また、舞台上に大きな鏡(のようにも見える)の枠組みがあるのだが、これがチームによって動いたり、置き道具の位置が変わったりと、それだけで全く違う空間に見えてくるのがまた不思議であり、舞台の面白いところだ。

さて、うちのチームに話を戻すと、
うちのチームは、よく知られた女優の物語である「楽屋」を男優4人で演じる。
4人の男優が、本気で女を演じる。
男であるが故に、女よりも女らしくあらねばという様々な努力で稽古に励んできた。
今日から、固定稽古場に入ったことで、衣装や小道具が使用出来る。

男優たちが演じる女優にとって、衣装やカツラ、靴などは、大きな意味を持つ。想像以上にそういった、アイテムは、人の心持ちを変えるのである。

「楽屋」はよく知られた戯曲なのでご存知の方も多いと思うので、内容にも少し触れていくが、
女優Cが鏡の前でポーズをとり、自分の歳をとってしまった肉体を見、語るシーンなどでは、補正下着を着用し、全てをさらけ出すことで、異物感が殊更に表現されており、それがまた物悲しさのような味になっており、今日衣装などを身につけ、初めて、たどり着けた成功であり、これからの作品作りに大きな1歩となった。

また、本日頭から確認の意味も込めて通して行ったのだが、当たり前と言えば当たり前の話で、前半の稽古を多くしたシーンと、終盤の稽古があまり多く出来ていなかったシーンで、これ程か!という差がついていた。分かっていたことではあるが、改めて稽古というものが、作品を作る上で、必須であり極めて重要であり、意味があるという極々当たり前な原点に立ち返らされた気がした。
私はこの戯曲のどこかに、清水邦夫本人の、"役者は一生鍛錬するものだと"いう当たり前でいて、しかしながら役者の性でいて、異常な取り憑かれた強い意志のようなものを感じる。そんなこの戯曲の持つ稽古をせよ、という意思が、改めてそう思わせたのかもしれない。

次の稽古からは、その終盤を細かく詰めて行こうと思う。幸いにも、細かく細かく細かく返しても、返せば返すだけ良くなってくれる役者たちに恵まれている。

楽しみに次の稽古の時間を待つことにする。

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