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2020年3月29日 (日)

ことのはbox 稽古場レポート13

本日も通しを行った。
始まる前の役者雰囲気も良好だ。

そんな中、役者に個別にこうしてみてほしい、こうしたらどうだろう、みたいなことをこっそり伝える。
以前にも触れたが、私の演出はとにかく変わる。小屋入り前日だろうが、ゲネだろうが、変わる。より良いと思ったもの、より役者が輝くと思ったものは制約の中で可能な限り盛り込んでやりたい。

そんな言い方をすると大半の人には雑な演出なのかと聞こえるだろうが、別に本番芝居が好きなわけではない。むしろ大嫌いであるが、枠組みの中で生まれる新しいものには敏感で、貪欲でありたいと思っている。役者にも、板の上ではもっともっと自由でいて欲しい。生活に追われ、時間に追われ現代を生きながら、役者をやろうなんて稀有な存在の集まりなのだから、舞台上ぐらいはそんな日常のあれこれを忘れて自由にやってほしい。

集中稽古に入るまでに、この作品の幹となるものは伝えた。その幹から枝を伸ばして花を、葉をつけていくのは役者だと思っている。幹にさえ寄り添って居てくれればどこにどう枝を伸ばしてもらっても構わない。
そこに当て木をして方向を定めたり、末端の枝葉を剪定していくのが私の役目だ。

もちろん、自分にも観たい絵、欲しい絵はある。そのように人を配置し、動かすわけだが、それよりも役者の役としての心の動きを優先してやりたいというのが本音だ。
ここで動きたい、ここでこうしたい気持ちになる、だとかいったものは極力叶えてやりたいと思う。もちろん、客席から観てくださるお客様がいる以上、全てを叶えることは不可能だ。だが自分はお客様は役者のそういった心の機微や表情といったものを観に来てくれていると思うのでそこは私にとって譲れない部分なのだ。

私はエンターテイメント性のある演劇をを創りたい訳ではない。もちろん、そういった演劇を観るのはとても好きだが、自分が創りたいと思えるのは「アート」としての演劇なのだ。
「アート」とは、「芸術」とは何か。創り手が心を揺さぶられながら創った作品を観たお客様が、また同じように心を揺さぶられるという、コミュニケーションだと思っている。

だからこそ自分が演出家としてかける言葉などひとつの「ガイド」として、ブロッキングや言い回しに囚われて心が動かないぐらいならそんなもの取っ払ってしまえと思ってしまうのだ。

長々と書き連ねてきたが、本日の通しは及第点。通し中に取ったノートにもまた新たな要望だったりがチラホラ。
余談だが私は「ダメ出し」という単語が嫌いなので「ノートを出す」という表現を徹底して使っている。芝居をするのに「こっちがいい」はあっても「これはダメ」はないと思っているからだ。

明日はついに最後の通し、最後の稽古となる。
どんな通しを見せてくれるのか、とても楽しみだ。

葉チーム演出 岡崎良彦

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