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2014年7月 8日 (火)

『キル兄にゃとU子さん』アフタートーク2013/12/1(日) 大信ペリカン氏(満塁鳥王一座)

ゲスト:大信ペリカン氏(満塁鳥王一座)×赤井康弘(サブテレニアン・サイマル演劇団)司会:菅野直子氏(99roll、劇作家・演出家)
 
菅野 今日は作者の大信ペリカンさんを招いてトークを行います。大信さんはリライトにあたってどのようなことを考えたのか教えていただけますか。
 
大信 何度か打ち合わせをして、情報をもらったりもしたのですが、結局、ほとんど自分の考えに基づいて書き直しました。
 震災から2年8ヶ月経っていることや当事者性の問題、韓国人が出演することなど、いろいろと考えたのですがうまい回答を見出すことができなかったんです。当事者性ということを考えても、私たちがこれを初演した段階においてすら、被災者という大きな括りの中では当事者性を持ってはいるものの、自分たちが被災したわけではなく、当事者からは外れているのです。それは結局、演劇というものの基本、本質であって、自分は王子でもないのにハムレットを演じる、被災者でない人が被災者のふりをして被災者を演じることになるわけです。そこに疑いを持っていたので、この芝居にも当事者は出てきません。キル兄にゃもU子さんも出てこない。登場人物は、彼らが住んでいたその街を知っていくことで呆然とするという話になっているのです。だから、再演の時もそのままやってもらった方がいいんじゃないかと思ったんです。
 また、2年8ヶ月という時間に関しても、震災直後に書いた時の衝動を、時を経てもそのままやることが有効なんじゃないか、と「あまちゃん」の最終回を見た時に感じました。「あのとき」を思い出すという行為の中に、2年8ヶ月という時間が見た人の中に芽生えてくれればよいと思って。また、「普遍性」やパースペクティブな視点を持たせるために「1970年の女」という新しいキャラクターを出しました。初演時より、もう少し広い空間からU子さんの街を照射していこうと思ったのです。
 
菅野 1970年の女は岡本太郎の太陽の塔を意識した衣装で面白かったですね。小学生の作文が入っっていたタイムカプセルは本当に埋めたものなんですか?
 
大信 はい。70年の女は、1970年、万博が開かれた時に福島民放という地元紙に載った記事をそのままセリフとして喋っているんです。万博で出した記念誌の中に、実際に大山西小学校の小学生の作文も載っていて、サブテレニアンのすぐ近くの小学校なので運命を感じて取り入れました。
 
菅野 70年の女が困惑してこの街を見ているのがとても印象的でした。大信さんは今日はじめて上演をご覧になっていかがでしたか?
 
大信 70年の女については、作文を書いた男の子が70年の女としてそこに来ちゃって、街で行われていることを見ている、という意識で見ていました。脚本を書いた時はもっと音楽的なイメージで書いていたんですが、今日は物語を別の視点から解釈しながら上演を見ていました。
 
赤井 70年の女には楽しいと思い描いていた未来があったのに、ラストで作文を読む時は、描いていた未来はもはや葬り去られたのか、変更せざるを得なかったのか、新しい形の未来を持たざるを得ない局面に立たされてしまうんです。70年の女は包括する立場ではあるけれども、観客やぼくたちの投影で、市民の集合体みたいな感じですね。
 
菅野 小学生の作文は5000年後に向けたメッセージを書いたものでしたが、子育てをしながら演劇をやっているお二人は、子育てという観点から未来に向けたメッセージを考えたりはされましか?
 
赤井 子育ては夢中でやっているだけですが、いろんな選択肢を主体的に持つことのできる世の中であってほしいと思います。もちろん僕たちの40年前の選択のように、それが成功するか失敗するかは分からないけれども、そういうリスクはもちつつ、選択するという行為が健全にできる社会であればいいな、と思います。
 
大信 今年の5月にここ、サブテレニアンでサイマル演劇団の公演を見たのですが、終演後にJTANという団体のシンポジウムをやっていたんですね。ちょうどその頃、キャンディーズのすーちゃんが亡くなって、「70年代を象徴していたものが失われていく」という話をしていたんです。ぴあが無くなってしまったり、原発もそうです。ぼくは75年生まれなのですが、「自分が生きてきた時代に綻びが生じているのではないか」ということを僕も感じて、70年を起点にこの物語をリライトすることを考えたんです。ただ、未来の人が過去の人を糾弾してしまうような物語にはしたくなかった。 間違いをおこすかもしれないが、いつの時代でも希望を持って生きることは尊いのだ、と今日は上演を観ながら思いました。 今、原発が全部止まって電気料金の深夜の割引が無くなるというと憤慨する人たちもいるわけです。70年の人も盲目的に猛進してきたわけではなく、公害問題が台頭してきた時代でもあり、その上で消費社会を選んできたんですね。震災がおきた時に一番強く思ったのは、自分の無関心への後悔でした。もっと社会にコミットしていく方法を主体的に考えていかなくてはいけないのではないかと今は考えています。
 
菅野 作品の冒頭で1970年までの歴史を遡るシーンには、そのような思いがあるのですね。
最後に一言づつメッセージをいただけますか。
 
赤井 この作品は、サブテレニアンダイアローグという東北の舞台芸術を紹介する企画でもあります。これからも東北の作品を紹介していきますので、応援よろしくお願いいたします。
 
大信 この作品をリライトする傍ら、福島で、男だけのエンターテイメントの劇団の立ち上げに関わり、復興をテーマに作品を作りました。 2011年にこの作品を作ったあとは、震災を考えることから距離を置いていたのですが、今回、この二つの作品に関わって、自分は今後震災に向き合わざるを得ないと思っています。この作品は海外にも持っていきたいと思っているので、気にかけていてもらえると嬉しいです。

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