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2012年10月11日 (木)

「シアター・クリティック・ナウ2012『震災と演劇:新しい演劇パラダイムを求めて』」

先日、「シアター・クリティック・ナウ2012『震災と演劇:新しい演劇パラダイムを求めて』」のシンポジウムに参加しました。
http://theatrearts.activist.jp/2012/09/theatrecritiquenow2012.html#more

パネリストは、福島市で活動する満塁鳥王一座の大信ペリカンさん、社会問題に向き合う作品を作り続ける燐光群の坂手洋二さん、劇評家の高橋豊さん、
内田洋一さん、西堂行人さん、司会が新野守広さんです。

シンポジウムは、原
発事故と向き合った作品で、SENTIVAL!2011でサブテレニアンで上演し、その後全国各地で上演された『キル兄にゃとU子さん』の朗読からはじまりました。

上演することは3.11の地震の前から決まっていたのですが、稽古に入ったばかりというところで被災し、大信さんご自身も避難をして、新作である作品は震災、そして原発事故を向き合わざるを得なくなりました。新聞記事、現代詩等を引用しフィクションとノンフィクションが入り混じり、俳優は職業的俳優としてと同時に、実際にあの日福島にいた者としての自らの矜持を試される作品です。

西堂さんは、この作品を観た後に、大信さんとギリシア悲劇の『トロイアの女たち』の話をした、と仰っていました。それはギリシアとの戦争で負けたトロイアの、被害者の物語ですが、書いているエウリピデスはギリシア、つまり加害者の国の人なのです。劇作家としての使命は、このように、加害者であったとしても、被害者のことを描くことにあるのではないか、と話していらっしゃいました。少し聞き逃したところもあったのですが、書くという行為が、加害者の立場に立たざるを得ない、という意味なのかもしれません。

社会学者の上野千鶴子さんは、「当事者主権」を訴え、当事者が発言する重要性を主張されていますが、「当事者性」はどこにあるのか、震災をどのように扱うのか、ということがシンポジウムでは話題にあがりました。

評論家の方々は、東日本大震災を受けて作られた作品で、印象に残ったものを紹介してくださいました。どの方も挙げられたのは、仙台のOCT/PASS(オクトパス)の『方丈の海』という作品でした。死者への祈りをこめた作品であると同時に、東北は昔から差別を受けてきた土地なのではないか、東日本大震災の後も、取り残されたままなのではないか、という示唆のある作品だったそうです。
他にも、いわき総合高校や、青森中央高校演劇部の作品、前田知大さんの作品などがあがりました。

高橋豊さんは、ARCTの活動や、 震災後いち早く被災地で公演した移動トラックの活動も報告されていました。

坂手洋二さんは、東日本大震災の中で、世界の歴史から見ても比類のない事件は原発事故であり、それは終戦後からずっと続いているアメリカと日本の問題なのだ、とおっしゃっていました。そして、敵の見えない原発事故も問題だが、敵ははっきりとしており、全市町村が反対してもオスプレイが配置されてしまうような、沖縄の問題に自分は向き合っていきたい、とも話していました。
坂手さんは、原発事故を扱った「たった一人の戦争」という作品も発表されています。西堂さんは、この作品について、ロシア革命のころの青シャツ隊のように、事実を観客に伝える演劇の力を感じた、とおっしゃっていました。

レポートは以上です。長くなりました。

満塁鳥王一座さんは、震災後は拠点のある福島県では上演していないのですが、11月に、サイマル演劇団/サブテレニアンと福島市の飯坂温泉にある旧堀切邸で公演をします。詳細は近々発表いたします。どうぞよろしくお願いします。

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