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2012年3月18日 (日)

スポンジ『魚のいない水槽』レポ01

サブテレニアンではスポンジさんが『魚のいない水槽』の稽古中です。
今日からその稽古場レポートをお送りします。まずは第一回目。

初めまして、『スポンジ』の主宰をしております中村 匡克と申します。この度サブテレニアンさんにお邪魔して、公演の集中稽古をさせていただいてます。
 本日は立込みが中心にもなりましたので、スポンジの作品についてですとか指針について述べたいと思います。
 例えば演劇において作り手が観客に “なにか ”を伝えたいのであれば、その人物に幅を持たせる必要があります。言葉ですとかで具体的に『提示』をすることは、簡単ではあります。しかしそれは演劇の本質から著しく外れている。この辺りは演劇における共通認識ということでよいかと思います。
 演劇とは観客に『想像』を促す芸術であるというのが僕の演劇への認識です。そうであるなら演劇はどうすれば観客の心を刺激することができましょうか。ひとつにそれは、作品に幅を持たせることかと考えます。あるすべてを提示せず、想像の余地を残す。この想像の余地の部分が作品の幅と言えましょう。これを設けることで観客は何かを感じ、思い、想像を促されます。それに伴いその人物の心情ですとかシーンの見えかたが広がり、あるいは僕が想像もしなかった新たなる視点が生まれることも、もしかすればあるかもしれません。
 ですので、僕の本においては説明的な台詞を極力少なくし、日常的な会話の中から観客に想像をさせるというのが常に念頭に置かれています。そういう構造にしてあるために俳優たちにも伝わりにくい部分はあります。正直 僕の本を読んで困惑した方もいらっしゃったかもしれません し、当然作品造りには大変な時間がかかります。
 なかなか意思疎通が上手くいかずストレスに思うことは正直あります。しかし、そうして役者たちとのディスカッションを踏まえ、舵をとりながら進めていくことでしか重厚な作品は生まれない。 不変であるこの事実が 頼りです。
 俳優たちは、言葉に頼らず本の中の人物の状況ですとか心情を表現せねばなりません。多数の観客の目の前で、身体ひとつを武器にです。何度も稽古したことをいつも新鮮に感じながら、且つ日々の稽古で積み上げてきたことを忘れてはならない。役者たちはこの矛盾を抱えなければならないのです。一瞬でも気を抜けば、感じるべき『新鮮さ』は失われ ます。常に『新鮮さ』を感じられる状態を維持することを、僕は “負担 ”という言葉で表現しています。
 さて、今回の『魚のいない水槽』という作品で、僕らは実際にあった事件を題材にした作品に挑みます。と云っても社会派ではありませんし、見せたいものはサスペンスでもなく、厭くまで人間ドラマです。
  “人間同士が持つ醜さやその滑稽な様を炙り出すようにじっくりと描き出す ”
という指針を普段 掲げている僕たちでありますが、デリケートな題材を扱うこととも重なりまして 役者たちには多大な“負担 ”がかかっていることと思い ます。そして残す一週間でどれだけのエネルギーを作品に注ぎこめるのか。まさに“正念場 ”です。

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