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2011年3月

2011年3月28日 (月)

サイマル演劇団『女主人』[対談:赤井康弘×大信ペリカン]2

演劇とライブ性

赤井 もちろん、それなりの数のお客さんに見てもらえるようになりたいとは思ってるよ。でも、複製技術と同様の技術を求められたら、「それは違うでしょ」、て思う。みんな無意識に求めちゃってる。呼んでいる方も無意識に複製技術を求めている。「ライブ、ライブ」、て言うけど、演劇は「生の良さ」、ていうことだけじゃない。
大信 ええ。
赤井 「今日はじめて、そこに何があったか」、という話。
大信 赤井さんは、その上で、役者との共同作業はどう考えているんですか。役者の自由度ってあるんですか。
赤井 役者の自由度はすごくあると思う。足かせやルールは作るけど、決めれば決めるほど自由度が増していく、ていう。
大信 「そこから出てくるのが個性だよ」、て意味ですか。
赤井 それもひとつの言い方だし、最低限のルールを決めてやってもらって、「それをやるんだったら、こういうやり方でやって」、ということはよく言う。みな、主体的に何かを選ぶけど、選ぶものを間違えていたら言う。
大信 役者は、自信を持って台詞を言いたいと思っているでしょう?
赤井 自信を持って?
大信 「確信を持って」とか、「腑に落ちて」というのかな。それと演出家のルールの間には距離がありますよね。それを稽古では埋めていく作業をするわけだけど。
赤井 一つあるのは、「物理的なことは疑問をもたれても困る」、てことかな。「なんで早くしゃべらなきゃいけないんですか?」と聞かれても、「それはそういう世界だからです。ここはあなたが住んでいる世界とは別の世界だから」というSF的な言い方をする。
大信 笑
赤井 「僕には世界がそう見えているから」としか言いようがない。「裸の世界じゃなくてよかったね」という話。
大信 ライブ性の話に戻るんですけど、そこで役者に疑問を残してしまうと、ライブ性が出ない気がするんですよね。
赤井 でも、役者も単なる違和感では終わっていないと思うんだ。
大信 ライブ性って、有機的な繋がりだと思っていて・・・各々役者がその時々でベストだと思う選択をして、それがうまくはまった時だと思うんだけど、演出家と役者が考えていることに距離があった時、どう埋めるのか。役者から欲求を奪うと、ライブ性が無くなるんじゃないか、と思ってしまう。
赤井 演者の欲求を大事にしてる、てことなのかな。
大信 まあ、そうですね。
赤井 「欲求をどこまでとらえるか」、て話だと思う。みんな、欲求通りには生きていないんだから。この日、稽古があるから集まってきてるんだから。瞬間、瞬間、の欲求はあるけど、2時間通じて欲求があるというのは幻想だと思う。すべては瞬間、瞬間、の積み重ねで、スト ーリーは段取りであって、ライブじゃない。

女主人

大信 今回、「女主人」を選んだ理由というのは?
赤井 ウーゴ・ベッティはいいよ。そう言いつつも、日本で翻訳されているのがあまりなくて。一つは現代日本演劇(筑摩書房)に入っている「牝山羊が島の犯罪」。
---サブテレニアンのこけら落とし公演で上演しましたね。
赤井 それと、今回の「女主人」が入っているウーゴベッティ戯曲集。
---サイマルにとっていいな、と思ったところがあるんですよね?
赤井 ひとつには、物語がシンプルだということ。でも、あるわけ。物語が、まさに。あと、個人的には、女性が主人公、というのはある。女性二人の対峙がメインなんだけど。シンプル、ていうのは、うちみたいな、スタイルを前面に押し出したい時に、ほかのことにとらわれる必要がないということ。仕掛けも含めて。
大信 手法が実験的だと、物語は分かりやすくないと、ということですよね。それはすごく分かる。
---台詞が強いですよね。
赤井 そう。ただしゃべるだけでも成り立つから、その先のことをやりたい。
大信 楽しみにしています。
---次に、大信さん、麿さんが東京に観にいらっしゃった時は、この対談の2回目として、満塁鳥王一座さんの特集を組みたいと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。本日はどうもありがとうございました。(さたけれいこ)

サイマル演劇団『女主人』[対談:赤井康弘×大信ペリカン]1

2011年2月、満塁鳥王一座主宰の大信ペリカンさんに誘われて、福島市の如春荘という、福島大学の施設である古い一軒家で、とある公演を観た。福島大学の星野共教授の企画による朗読と舞踊の公演だ。如春荘は元は大学の寮として利用されていたという。星野先生の企画の本来の目的は、次の日に会津で行うワークショップだったのだが、徳田ガン氏と上野陽一氏という講師の方が、せっかく東京から来てくれるのだから、ということで、公演は余興のようにひそやかに行われた。交流会に参加した後、大信さんの自宅にて、満塁鳥王一座の劇団員で、照明を担当している麿由佳里さんも交えて、この対談は行われた。3月11日の震災の前の対談だが、満塁鳥王一座が予定していた6月の公演も開催することが決定している。被災された皆様に心よりお見舞いを申し上げます。そして、一日も早い復興のためにできる限りのことをしたいと思います。

福島・仙台・東京

赤井 一番最初は黙って芝居を見に行ったんだ。福島におもしろいことやってる劇団があるってどこかで聞いて、当時の劇団員たちで見に行ったんだ。
大信 そうそう。
麿  そうなんだ。
赤井 そのあと、仙台戻って反省会したんだけど。
麿  反省会?
赤井 あとでペリカン君には言ったけど、「あいつら、なんなんだ」、て。福島の駅前にテントたてて、しかもそこでやってるのは口語体の芝居で。そのときの俺たちには、ものすごく変わったものに思えたんだ。でも、その後、もうひとつ芝居を見て、・・・それがすごくよかった。
大信 その後か。仙台の「70年代生まれの演劇人たち」で会ったのは。
赤井 そうそう。

---仙台から三角フラスコ、サイマル演劇団、盛岡からよしこ、福島から満塁鳥王一座という4劇団の代表が集まって行ったシンポジウムですね。

赤井 その頃、仙台では90年代中盤から後半にかけて、劇団の数が増えたんだよね。50くらいあったのが80くらいになって。でも、その後ずいぶん減ったみたいだね。
麿  福島も、勢いがなくなってる気がする。
大信 それはね、結局俺らが悪いんだよ。面白い芝居が無いんだよ。

---大信さんは仙台など、福島以外で公演する機会が増えていますよね。福島に拠点を置きながら、東京、仙台で芝居をうつという活動の仕方を考えていらっしゃるのですか?

大信 最近そうなりつつあるよね。
赤井 今回「SENTIVAL!2011」でやる公演は福島ではしないの?
大信 郡山でやって、いいのができたら仙台でやろうって。
赤井 福島市じゃないんだ。
麿  公演する場所がなくて・・・。
大信 それが、さっき、ね。
赤井・大信 如春荘っていう・・・
麿  如春荘は、うちの劇団の名前を言うと追い出されるから。昔、深夜まで稽古をやって、怒られたりしてたから・・・。
大信 それが、さっき、如春荘を運営している福島大学の先生と知り合ったんだよ。「如春荘を売ってしまえ」という話があるんだけど、それを阻止して、美術館と連携して展示を行ったりとか、いろんな活用の仕方を考えているんだって。
麿  へえ。そんな出会いがあったんだ。いい場だったんだね。
大信 サイマル演劇団は仙台では公演しないんですか?
赤井 東京に出てきた頃は余裕がなかったと思う。仙台で公演するという選択肢は考えたことがなかった。でも今は、前と比べると気持ちは余裕が出てきたかもしれない。あと、最近思うのは、稽古場もって、芝居つくって、というんだったら、地方の方が絶対いいと思ってる。

---「シアターアーツ」の2010年秋号に、星野先生が寄稿されていて、その中に大信さんや、仙台の10-BOXの八巻さんら、南東北で演劇活動をされている方のお話が取り上げられていますが、那須で活動する「A.C.O.A」の鈴木史朗さんも同じことを言っていますね。「首都圏で稽古場を確保して、作品づくりに集中することは 極めて難しいが、那須ではそれが可能だ」と。

赤井 鳥取県の「鳥の劇場」もそうだよね。
大信 役者はどうですか? 東京は上手な人がいっぱいいるでしょう? 東京は作品や目的に合わせた役者を選べますが、こちらは劇団を作って育てなくてはいけない。
赤井 東京の5千人よりも、福島の50人の方が出会う可能性が高いんじゃないかな。ただ、東京で小劇場にとって唯一良いところは、悪口を言われることだと思う。地方だと、悪口を言われる対象になっていない。所詮、素人の、友達がやっているお芝居だから、と思われている。
大信 批評という問題と関わっているんでしょうね。悪口を言うほど成熟していない。
赤井 少なくとも東京では言われる。それと、マーケットが確立していることとは別だと思うけど。ただ、鳥の劇場は、今も追随している人がいない新しいモデルなんじゃないか、と思ってる。同じことが福島でもできないかな、と思ってるんだよね。 俺は、それが民間から出てきてほしい。
大信 そうなると、観客の動員数も相当数ないとダメでしょう。
(2に続く)

2011年3月 6日 (日)

O3『トランス』

2/26(土)、27(日)、O3『トランス』(脚本/鴻上尚史、演出/O3)が上演された。

言わずと知れた鴻上尚史の名作。シンプルな構成の三人芝居だが、その分役者や演出の力量も問われる作品である。三人が精一杯熱演していたし、それが悪い方向には行っていなかった。気持ちと細部の技術のバランスがもう少し整えば、更に良い作品になったと思う。

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