2021年6月 5日 (土)

劇団肋骨蜜柑同好会meetsCLASSICS No.3『走れメロス ~TOKYO20XX~』サブテレニアン15周年記念月間 嶋谷 佳恵インタビュー

劇団肋骨蜜柑同好会meetsCLASSICS No.3『走れメロス ~TOKYO20XX~』6/8-13

劇団肋骨蜜柑同好会

 東京を中心に演劇活動を行う。
2010年の旗揚げから現在に至るまで、手探りで、暗中を模索するように活動中。
 主宰フジタの標榜する「演劇とは方法論ではなく存在論である」という言葉のもとに 、言語による世界の腑分けを試み、「生きづらさ」を抱えた人たちの救いとなることを考えている。
 頭のねじがどこか緩んでいるようなズレた登場人物と、捩れたメタフィクション的な構造、既製品を多用したシンプルで分裂的な舞台構成が特徴。
 ストーリーやメッセージを極端に廃し、あるいは換骨奪胎し、あるいは解体し、その先の地平にたどり着くべく、過剰に論理的に「なぜ演劇なのか」を問い続ける。問い続けたい。問い続けられますように。
 コミュニケーションはいつも、祈りの形に。(劇団HPより)


 サブテレニアンでは、15周年記念月間として、劇団肋骨蜜柑同好会を迎える。感染対策のため、客席数を劇場定数の25%程度に削減しての公演だ。配信での公演もあるので、ぜひご覧いただきたい。
 劇団肋骨蜜柑同好会は、第一回公演をサブテレニアンで行っている。(2010年『レインコートの悪魔』)その後活躍の幅を広げ、王子小劇場、シアターミラクルなど、東京都内の小劇場で数多くの公演を行ってきた。今回は、主宰のフジタタイセイさん、出演する劇団員の嶋谷佳恵さん、藤本悠希さんにお話を伺った。

 

嶋谷 佳恵
2019年入団。カラリとした笑い声と地に足ついた立姿で確かな存在感を醸し出す女優。しなやかなバネの強さで、鬱屈した芝居から漫画的キャラクターまで幅広く乗りこなす。俳優業だけでなく、劇団全体の総務も兼任。好物は豆と酒。(劇団HPより)

 

---劇団のyoutubeチャンネルで公開された『あなうま』を拝見しました。とてもパワフルな役者さんだと思いました。今日は稽古を見学させていただいて、声が魅力的で、高い声から低い声まで綺麗で感心しました。

 

 ご覧いただきありがとうございます。『あなうま』は guizillen の佐藤さんという方が企画した『モノローグ演劇祭』に2年前に参加した時の作品です。
 この作品で王子小劇場主宰の企画に再度参加する予定だったのですが、イベントが中止となってしまったため、動画を撮って配信しました。

 

---嶋谷さんがモノローグ演劇祭に出ようと思い、フジタさんに脚本を依頼したとのことですね。その理由を教えてください。

 

 当時は劇団員ではなかったのですが、肋骨蜜柑の作品がすごく好きで、毎回お客さんとして観に行っていたんです。ファンの一人でした。
 フジタさんの作品には、登場人物のモノローグが毎回出てくるのですが、それがすごく好きで、もし一人芝居をやるなら「フジタさんに書いてもらうしかない」と思ったんです。

 

---その後劇団に入られたのですね。演劇活動を始める前は何をなさっていたのですか。

 

 大学を卒業した後、ずっとアルバイトをしていたんです。北海道の実家からは「フリーターをしているなら帰ってきなさい」と言われていました。その後、就職活動をしたのですが、仕事をやろうという目標がなくて。でも、演劇は好きだったので、好きだったからやってみようと思いたちました。

 

---コロナ禍で困ったことはありましたか。

 

 今は商業演劇のスタッフの仕事で収入を得ているのですが、2か月くらい活動が何も無くなってしまい、やる気がおきなくて呆然としていました。お金がないから生活もできないし。困りましたね。
 その後、対策をしながら公演を行うことができるようになってきました。

 

---それは大変でしたね。今も観客数を減らしての公演だと運営は厳しいのではないですか。

 

 私が関わっているところは、主に演劇のグッズ販売を行っていて、通信販売が好調です。実際の公演でもスタッフに入りますが、グッズの販売などは密を避けるために休止しています。


---肋骨蜜柑同好会でもグッズを販売されていますね。今回の公演のDVDも販売されるとか。

 

 肋骨蜜柑では私はグッズ販売に関わっていないのですけどね。スタッフの桜義一さんが担っています。

 

---今回の公演もそうですが、ストリーミングやDVDで楽しめるのも良いですよね。アバラジオもyoutubeで楽しめますものね。

 

 はい。遠方の方も見れるのも良いですよね。もちろん生で見るのとは違いますが、いろんな楽しみ方があるのは良いと思います。個人的にはコロナが治まっても、楽しみ方の選択肢はたくさんあるとよいな、と思います。

 

---今回の公演、そして今後の嶋谷さんの俳優としてのご活躍、楽しみにしています。お話聞かせていただきありがとうございました。(聞き手 さたけれいこ)

 

 

劇団肋骨蜜柑同好会meetsCLASSICS No.3『走れメロス ~TOKYO20XX~』サブテレニアン15周年記念月間 藤本 悠希インタビュー

劇団肋骨蜜柑同好会meetsCLASSICS No.3『走れメロス ~TOKYO20XX~』6/8-13

劇団肋骨蜜柑同好会

 東京を中心に演劇活動を行う。
2010年の旗揚げから現在に至るまで、手探りで、暗中を模索するように活動中。
 主宰フジタの標榜する「演劇とは方法論ではなく存在論である」という言葉のもとに 、言語による世界の腑分けを試み、「生きづらさ」を抱えた人たちの救いとなることを考えている。
 頭のねじがどこか緩んでいるようなズレた登場人物と、捩れたメタフィクション的な構造、既製品を多用したシンプルで分裂的な舞台構成が特徴。
 ストーリーやメッセージを極端に廃し、あるいは換骨奪胎し、あるいは解体し、その先の地平にたどり着くべく、過剰に論理的に「なぜ演劇なのか」を問い続ける。問い続けたい。問い続けられますように。
 コミュニケーションはいつも、祈りの形に。(劇団HPより)


 サブテレニアンでは、15周年記念月間として、劇団肋骨蜜柑同好会を迎える。感染対策のため、客席数を劇場定数の25%程度に削減しての公演だ。配信での公演もあるので、ぜひご覧いただきたい。
 劇団肋骨蜜柑同好会は、第一回公演をサブテレニアンで行っている。(2010年『レインコートの悪魔』)その後活躍の幅を広げ、王子小劇場、シアターミラクルなど、東京都内の小劇場で数多くの公演を行ってきた。今回は、主宰のフジタタイセイさん、出演する劇団員の嶋谷佳恵さん、藤本悠希さんにお話を伺った。


藤本 悠希
2018年入団。その迸る演劇愛と、繊細で大胆な演技で観客を魅了する。常に丁寧でストイックであり、ベビーフェイスな見た目と相まって人好きのするタイプであるが、ややナイーブな一面も。卒論は野田秀樹で書いた。好物は肉とチーズ。(劇団HPより)

 

ーーー劇団のyoutubeチャンネルで配信中のアバラジオを拝見しました。「どうして劇団に入ったのか」について語っていらっしゃいましたね。

 

 第一回のアバラジオですね。まだアバラジオがアバラジオの形をなしていなかった頃です。

 

---『あまちゃん』が大好きで映画や演劇にはまっていったと。

 

 大学に入るまではお芝居を観たことがなかったんです。ドラマや映画を見るのは好きでした。

 

---笑顔が素敵でいらっしゃいますね。稽古では、まるでスポーツのように動き回っているのが印象的でした。

 

 肋骨蜜柑同好会の芝居は、短い時間でたくさん動いて、台詞も結構な分量を喋るのでそう見えるのだと思います。また、自分だけで完結せず、共演者と呼吸を合わせないと成立しないので、毎回「スポーツのようだ」という感想をいただきます。

 

---スポーツのご経験はあるのですか。

 

 小学校は水泳とサッカー、中学校で軟式テニス、高校では硬式テニスをやっていました。部活動でスポーツを行っていた時よりも、演劇を始めてからの方が身体への神経の使い方がわかってきたような気がします。より身体のことを意識するようになりました。いま考えると部活動では漠然とやっていましたね。

 

---劇団肋骨蜜柑同好会との出会いについて教えてください。

 

 『愛の技巧、または彷徨するヒト胎盤性ラクトーゲンのみる夢』(2016年@シアター風姿花伝)を観て、面白いと思ったのが最初の出会いです。会話劇かと思ってみていたら、どんどん雲行きが怪しくなって、「これは何が起こっているんだ?」と引き込まれていきました。
 その後すぐに、シアターミラクルで行われる『ミラクル祭'17』にフジタさんが参加することを知り、オーディションを受けて合格して出演しました。

 

---良い出会いでしたね。

 

 本当にそうですね。出会っていなかったら「人生変わっていたな」と思います。何事においてもそうですけどね。

 

---大学の卒論が野田秀樹について書かれたとのことですね。

 

 明治学院大学の文学部の芸術学科で学んでいました。入った当初は映画やドラマに興味があったのですが、大学のサークルで演劇にはまり、演劇を学ぶメディア論のコースを選択しました。


---コロナ禍で大変ではなかったですか。

 

 アルバイト先はしっかりと補償を出してくれるところだったので、助かりました。演劇で生計を立てているわけではなかったことが、結果的に救われたような感じです。知人、友人がアルバイトの仕事を減らされて大変という話はよく聞きます。

 

ーーー公演自体が危ぶまれる中、劇団の活動を支えて、公演を行ってくださることは、本当に有難いと思っています。藤本さんの今後の俳優としてのご活躍も期待しています。(聞き手 さたけれいこ)

 

劇団肋骨蜜柑同好会meetsCLASSICS No.3『走れメロス ~TOKYO20XX~』サブテレニアン15周年記念月間 フジタタイセイインタビュー

サブテレニアン15周年記念月間

 

劇団肋骨蜜柑同好会meetsCLASSICS No.3『走れメロス ~TOKYO20XX~』6/8-13

 

劇団肋骨蜜柑同好会

 東京を中心に演劇活動を行う。
2010年の旗揚げから現在に至るまで、手探りで、暗中を模索するように活動中。
 主宰フジタの標榜する「演劇とは方法論ではなく存在論である」という言葉のもとに 、言語による世界の腑分けを試み、「生きづらさ」を抱えた人たちの救いとなることを考えている。
 頭のねじがどこか緩んでいるようなズレた登場人物と、捩れたメタフィクション的な構造、既製品を多用したシンプルで分裂的な舞台構成が特徴。
 ストーリーやメッセージを極端に廃し、あるいは換骨奪胎し、あるいは解体し、その先の地平にたどり着くべく、過剰に論理的に「なぜ演劇なのか」を問い続ける。問い続けたい。問い続けられますように。
 コミュニケーションはいつも、祈りの形に。(劇団HPより)


 サブテレニアンでは、15周年記念月間として、劇団肋骨蜜柑同好会を迎える。感染対策のため、客席数を劇場定数の25%程度に削減しての公演だ。配信での公演もあるので、ぜひご覧いただきたい。
 劇団肋骨蜜柑同好会は、第一回公演をサブテレニアンで行っている。(2010年『レインコートの悪魔』)その後活躍の幅を広げ、王子小劇場、シアターミラクルなど、東京都内の小劇場で数多くの公演を行ってきた。今回は、主宰のフジタタイセイさん、出演する劇団員の嶋谷佳恵さん、藤本悠希さんにお話を伺った。


フジタタイセイ
 劇団肋骨蜜柑同好会の主宰・メインディレクター。ミニマルな会話で虚と実のルールを捻じ曲げる脚本と、俳優個人に固有の体験、欠落や傷跡をさらけ出させるような、メタフィクション的で魔術的な演出が特徴。ネガティブ。(劇団HPより)

 

ーーーインパクトのある劇団名が気になっていて、由来をホームページで拝見しました。「骨の中でも肋骨が好きで、肋骨の後ろに何を付けるか後輩に聞いたら、『蜜柑』という答えが返ってきた」と。それでもわからなかったのでお聞きしたいのですが、なぜ「同好会」を付けたのでしょうか。

 

 言葉のリズムが良くなると思ったからです。たまたま演劇をやっているだけの集団という思いもあります。

 

---でも、劇団なんですよね。フリーの役者さんや、その時々のユニットで活動する団体も多いと思うのですが。

 

 劇団というものへの漠然とした憧れがありました。東京で劇団をやりたいと思っていたんです。田舎で生まれて、田舎の大学に行ったので。

 

---筑波大学の在学中に劇団をはじめられたのですよね。お生まれはどちらですか。

 

 青森です。大学に行って、東京の劇団をいっぱい見ようと思っていたのに、茨城から東京ってすごく遠いんですよ。

 

---劇団って重くないですか?

 

 僕たちは重くないんですよ。活動も全員参加ではないんです。
 僕たちの劇団は港のような、ホームグラウンドのようなところだという思いがあります。劇団員にはスタッフとして関わっている方がたくさんいて、彼等は皆仕事を持っているんです。彼等が「やりたい」と思ったときに、現場があって、参加できる状態にしておきたいんです。僕はそれが楽しいと思っています。
 劇団名については「『劇団』を取った方がいいよ」とか「『同好会』をとった方がいいよ」とかいろいろ言われるんですけど、両方名乗っているのがうちの劇団です。

 

ーーー他の劇団とは違う方法論等は何かありますか。

 

 一つ確実に言えるのは、僕は体系的に演劇を学んできた人間ではない。しかもたくさん演劇を観ているタイプでもない。戯曲も、演劇の本も読みますが、そんなに一生懸命読んでいるわけではない。
 野良演劇人間なんですよ。
 演劇的なバックボーンとか地盤を持たずにここまでやってきて、いろんなところでいろんな知識を手に入れて、「次はこれを試してみよう」ということを十年ずっと繰り返してきた結果、異様なキメラのような演劇理論が僕の中で出来始めているという実感があります。それは、あまり見たことのない形のもので、僕はそれを面白いと思っています。
 元々「肋骨」と「蜜柑」という二つの言葉を合わせて別のものが生まれるように、作劇や演技や演出でもいろんなところからいろんなものを、遠いものだけど根底のところは繋がっているものを結び付けながら作り上げているところは、劇団名に近づいてきていると思います。

 

---サブテレニアンでの第一回公演を私は拝見していて、そのときのことを思い出しています。「なんだか演劇っぽくない演劇だな」「若くてお洒落な感じだな」と思ったのを覚えています。大きな声も出していなかったですし。今の方が声も大きいですよね。

 

 あの頃はコントが大好きだったんです。そこから不条理劇が好きになって、別役実、イヨネスコ、ベケット、ケラリーノ・サンドロヴィッチなどを見たり読んだりするようになりました。
 「異常なルールで進行している空間を、短くルールだけ提示する短編演劇」のことをコントだと思っていたんです。第一回公演ではそれをやりたくて、異常なルールだけが提示される静かな短編演劇7本を上演しました。
 それから年月が経って、「わーっ」とやるのが楽しいと思うようになったんです。人間が大きな声を出して、肉体を酷使することで、現実のルールを肉体が逸脱していく。それは演劇でしかできないことだと思うんです。
 ルールでがんじがらめになった身体の形、あり方を、身体自身が劇のルールを持ち上げて違うところに持っていく、そんなことを公演ではやったりやらなかったりしています。今回の『走れメロス ~TOKYO20XX~』はその色が強い公演です。


---劇団のホームページの劇団紹介に「『なぜ演劇なのか』を問い続ける。」とありましたね。共感しました。


 多分、ずっとルールのことを考えているんだと思います。空間のルール、演技のルール、戯曲を書く上で自分にルールを課すということもあります。十年間、いろんなルールを試しているという感じが近いです。


---今回の『走れメロス ~TOKYO20XX~』についてお聞かせください。端的に言って、オリンピックと関係があるのですか?

 

 あるような、ないようなという感じです。詳しくは見ていただいた方がよいと思います。
 「走れメロス」という小説が如何にして生まれた小説なのかということを、ある種誤読、曲解することでオリンピックになぞらえることができるんじゃないかという発想が先ずありました。
 太宰治が「走れメロス」を書いた時期というのが、構想が1936年、執筆、出版が1940年なんですが、これはベルリンオリンピックと中止になった東京オリンピックに挟まれた時期なんです。太宰治が、どのような心境、苦悩の中で書いたのかということを、曲解に次ぐ曲解、誤読に次ぐ誤読で、見たことのない形にできたら、と思っています。

 

---残席は少ないそうですが、配信、DVD販売もあるとのことですね。今回の公演、とても楽しみにしています。(聞き手 さたけれいこ)

2021年5月 6日 (木)

アシカビ『ささやかな革命』サブテレニアン15周年記念月間

サブテレニアン15周年記念月間

 

『ささやかな革命』アシカビ
2021/5/12-16

 

アシカビ

生野和人の一人芝居。出演、脚本、演出、照明、音響、美術、舞台、制作、受付から全てを一人で行う公演……等と言えば、周りからは「凄いね」と言われるが、実際は『人とスケジュールを合わせるのが面倒』『スタッフへの気遣いやコミュニケーションが面倒』『面倒、面倒、面倒……』で始めた公演。でも今更になって、頼める事は人に頼んだ方が面倒は少ないと気づき始めている……。でも、今回も一人でやる。手伝ってくれる人を探すのが面倒だから……。

 

 サブテレニアンは15周年記念月間として、5月12日よりアシカビを迎える。アシカビはこれまでサブテレニアンで三作品を上演してきた。(『突如、ざあっと雨の降りだす音.・・・。』『どとくさまくら』『先ず、彼は喉の渇きを訴えた』)いずれの作品も「出演、脚本、演出、照明、音響、美術、舞台、制作、受付から全てを一人で行う」というスタイルでの公演で、独自性が群を抜いている。今回は、アシカビの生野和人さんにお話をうかがった。


---今回の『ささやかな革命』は河原で稽古をしていらっしゃると聞きました。

 

 はい。普段利用している施設が感染予防で使えないため、江戸川の河原で稽古をしています。僕の場合、稽古といっても一人っきりです。スタッフさんに見てもらうことはあるのですが、今回はそれもしていません。

 

---いつからいまのスタイルで公演していらっしゃるのですか。

 

 いまの「アシカビ」の前は、「ハンザキ」といって二人芝居をしていたんです。僕が脚本と演出を担当して、客演の方を毎回呼ぶというスタイルでした。それがいつからか面倒になってしまって…。
 一人芝居を始めたのは、大阪のインディペンデントシアターの一人芝居フェスティバルに出演したのが最初です。その時は脚本と出演で参加しました。観客投票が出演者7人中7位で、全く受けませんでした。トップバッターで、場の雰囲気を作るのが難しかったですね。お客さんは笑いを望んでいるようなところがあったのですが、そういう芝居でもなかったので。
 その後、西伊豆の土肥金山の古民家で一人芝居をしました。古いアパートで眠っている奥さんの身体を拭くという芝居です。この作品はサブテレニアンでも上演しました。その後はサブテレニアンで二作品を上演しました。そのうちに今のスタイルに落ち着きました。

 

ーーー私も拝見しました。アシカビさんの作品は、「笑ってよいのか、悪いのか」という微妙な線を作品を通して貫かれている点が優れていると感じました。

 

 「笑ってよいのか、悪いのか」という点はインディペンデントシアターで上演した際に知人からも言われました。

 

ーーーその後の「アシカビ」では脚本、演出、出演…と全部ご自分でなされているんですね。

 

 一番やりたいのは脚本を書くことです。芝居をやるために上京したかったのですが、親は理解してくれなかったので、上京して一年間は電気工事の仕事をしてお金を貯めました。100万円貯めて、親にも言い訳が立つだろうと思い、仕事を辞めて劇団に入りました。当時は100万円といったら、一生食べていけるくらいのお金のように思っていたのですが、すぐになくなってしまいましたね。なくなってからも一日桃の缶詰一つとかで食費をきりつめ、劇団の稽古と、稽古に行かない時は布団の上で本を読むという毎日でした。そうしたら、布団が真っ二つに割れてしまったんですよ!同じところに座り続けたからでしょう。「さすがにダメだな」と思って、バイトを始めました。
 劇団とバイトの日々でしたが、劇団の芝居が面白くなくて…。特に脚本に納得がいかなかったんです。そのうちに劇団が解散になってしまいました。

 

ーーーそれでご自分ではじめられたのですね。サブテレニアン以外ではどのようなところで公演しているのですか。

 

 高田馬場のプロトシアターで公演しました。小屋の方に結構気に入ってもらっていました。他には先ほど言ったインディペンデントシアターや古民家、今稽古している河原でもやりました。芝居の中で江戸川に飛び込んでみたかったんです。芝居は昼に始まり、次第に日が暮れてくるという設定で、自然光で上演しました。
 僕は小屋で上演する際は、大体一時間くらいの室内の話を書いているんです。室外の設定でもやってみたことがあるのですが、照明の方に「だんだん日が暮れていく設定にしてください」とお願いしても、難しいんですよね…太陽が西に沈んでいく経過を照明で表現するのって。それで、必然的に室内の設定になるのですが。

 

ーーーこだわっていらっしゃるんですね。確かに舞台を拝見すると、細かいところが「リアルだな」と思います。そして、お聞きして驚いたのですが、舞台上の時間の経過が実際の時間と合ってているのですね。

 

 そういうことが多いですね。

 

ーーーこだわりというと、古銭へのこだわりがある作品がありましたが、古いものがお好きなのですか。

 

 古道具やさんを見つけると、必ず立ち寄ります。一番好きなのは腕時計で、外国の銀貨集めも好きです。寄生虫博物館などのB級スポットめぐりや石集めなども趣味です。鉱石を拾いに鉱山によく行きます。

 

ーーー映画や小説ではどのようなものがお好きですか。

 

 映画は、黒沢清監督が大好きです。小説では安部公房と村上春樹です。

 

ーーー今回はどんな作品になりそうですか。

 

 部屋の中にずっといる鬱屈した男の話なんです。なんだか、ステイホームで思いついたように思われそうですが、昔からあたためていた設定なんですよ。モデルにした方が近所に住んでいるのですが、その人をずっと観察しているうちに、妄想が膨らんできたんです。詳しくは作品をご覧いただいてのお楽しみにしたいと思います。

 

ーーーいつもサブテレニアンの空間を上手に使っていただき嬉しいと思っていました。お話を聞かせていただいて、細部へのこだわりがそうさせているのだと気付きました。脚本、演出、出演とすべてお一人で担っている点もサブテレニアンの小さな空間に適していると思っていましたが、図らずもコロナ禍の状況でも上演可能なスタイルだったのかもしれないですね。今後のご活躍も楽しみにしています。

(聞き手 さたけれいこ)

 

2021年4月29日 (木)

濵田明李『Largo Longueur』サブテレニアン15周年記念月間

サブテレニアン15周年記念月間

 

Largo Longueur』 濵田明李

2021/5/2-5

 

濵田明李 はまだ・みり

1992年高知県南国市生まれ。武蔵野美術大学油絵学科油絵専攻 卒業。

パフォーマンスで作品をやり始めしっくり来る。その中では、達成を目指さなかったり、中止したり、その場所の特性を取り入れたり、オブジェを持ってきて、15分とか20分とかのあいだに起きる一連のことを観客と共有するというのが特徴。

2017年から2019年位までのメキシコに住み、好奇心の赴くままに学ぶ。

他のアーティストとの有形無形の恊働や自主企画にも積極的。

 

ーーサブテレニアンでは、過去2回、濱田さんの企画でパフォーマンス公演を行っていただきました。その後、2017年から2019年までメキシコにいらっしゃったそうですが、どのようなことをしていたのですか。

 

 外国人学校でスペイン語やメキシコの歴史などを勉強していました。学校はアートとは関係なく、出自や仕事も様々な、10代から60代まで幅広い世代の方が通っていました。

 また、メキシコでパフォーマンスを行っているアーティストを知人に紹介してもらって、美術館やギャラリーなどで行われているワークショップ等に参加しました。自分でもパフォーマンスを行いました。

 メキシコの平均年齢は20代で、日本は40代なんだそうです。端的に若者が多いという印象があります。デモも盛んで、たくさん人が集まってきます。

 悲しいことに女性に対する犯罪は多いです。地下鉄の中には行方不明の若い女性の写真がたくさん貼ってあって驚きました。女性をフォーカスしている展示は多かったです。貧富の格差も大きく、先住民への差別も感じました。

 

ーーー濱田さんとはNIPAFの公演で知り合いましたね。

 

 はい。NIPAFの霜田誠二さんに武蔵野美術大学の映像科の授業で学んで、公演にも参加しました。いろんな国の人が参加していて、外国にも何度か行きました。

 

---私はサブテレニアンで、東急ハンズの買い物袋や、アマゾンで届いた段ボール箱をその場で開けていくというパフォーマンスを拝見しました。無機質な物と、それに向かい合っている濱田さんとの距離感が印象的でした。一方、メキシコの路上とアルゼンチンのギャラリーで行ったパフォーマンスをネットで拝見したのですが、こちらは布や、観客が運んできた石などの素材を使っていて、身体との接触もあり、違いを感じました。

 

  私のパフォーマンスでは、身体にアプローチするよりも、愛着のない物質を使うことが多いです。日本で行ったパフォーマンスも、メキシコ、アルゼンチンで行ったパフォーマンスも、大きな違いはありません。「物を動かしたらどうなるのか」ということに興味があります。身体はそうした物質の延長のようにとらえています。身体も物も違いがなくて、腕や足も道具というイメージがあります。

 

ーーーサブテレニアン、ギャラリー、路上など様々な場所でパフォーマンスを行っていますが、違いはありますか。

 

 路上でも、ハプニングのように突然行うわけではなく、告知をして行っているので、大きな違いは感じていません。屋内で行うときも、自分のパフォーマンスは風景のように感じてもらうことを考えています。

 パフォーマンスにもいろいろなものがあって、観客が不在でコンセプトだけのものもありますが、私の場合は観客がいることが前提です。

 

ーーースマホのゲームを使ったパフォーマンスも行っていらっしゃいましたね。

 

 はい。京都のHAPSが開催した展覧会に、ゲームを使ったパフォーマンスで参加しました。ゲームの参加者を募って、ボイスチャットをしながらゲームの空間を共有します。シューティングのゲームなので対戦を行うのですが、私はその間、小説を朗読していました。

 こちらは、いろんなハードルを乗り越えていくという点も面白かったです。アプリをダウンロードしたり、その前にスマホの容量を確保するために他のアプリを消してみたり。能動性に干渉できるのが面白かったですね。

 

ーーーコロナ禍で感じたことはありますか。

 

 イベントの宣伝がしづらいな、と感じています。親も心配だと言ってきます。2020年の秋からはイベントの機会は多くありました。

 メキシコ行きのチケットを持っているのですが、コロナ禍で行けなくなったまま今に至っています。

 あと、お酒を飲むのが好きなのですが、「飲み会の状況っておもしろかったよなー」と。夜中に友達とどこかに行っちゃったり、それまでいなかった人が来たり、またいなくなっちゃったり。面白い時間の共有の仕方していたような気がします。それってパフォーマンスっぽいような。

 生活の中にパフォーマンス的なものが紛れ込んでくることが面白いと感じています。生活にどのようにパフォーマンスの要素を入れていくか、パフォーマンスのある生活とはどんなものなのか、そんなことを考えています。

 

ーーー先ほど、メキシコは端的に若者が多いとおっしゃっていましたが、若者だから言いたいようなことはありますか。

 

 過去の遺産(文化の貯蓄)をどのように受け継いでいくか、それが困難だと感じています。若い人ほど不可分所得が大きいというか。

 

---文化の享受が所得の大小で制限されてしまうのは、貧しい社会のように感じますし、文化そのものも衰退していくような気がしますね。

 最後に、サブテレニアンでのパフォーマンスについて教えてください。

 

 実は、単独でのパフォーマンスは珍しいんです。昼と夜でちょっと違うことをやります。昼はスペイン語の"Largo"、夜はフランス語の"Longueuer"として、二つの似ているけれども違っているものについて考えてみたいと思っています。

 公演の後、毎日22時にZoom でロビー室を開催します。こちらは、作品をご覧になっていない方も参加できますので、ぜひご参加ください。

(聞き手・さたけれいこ)

濱田明李『Largo Longueur』公演詳細、ロビー室詳細はこちら→Largo Longueur』ホームページリンク

 

2021年4月19日 (月)

仙台シアターラボ『ペスト』ーーーサブテレニアン15周年記念月間

サブテレニアン15周年記念月間
仙台シアターラボ『ペスト』
原作/アルベール・カミュ「ペスト」
構成・演出/野々下孝
2021.5.1-2

*公演は6月19日、20日に延期になりました。 

2021.6.19sat  18:00

2021.6.20sun 13:00/17:00

 

 15周年記念月間としてサブテレニアンでは仙台シアターラボを迎える。サブテレニアンでの公演は2013年『透明な旗』(構成・演出/野々下孝)、2017年『特別な芸術』(構成・演出/野々下孝、原作/芥川龍之介)以来の公演だ。コロナ禍にあって、他地域での公演は躊躇するところもあるが、地域交流は劇団として大切にしているテーマの一つなので、自粛はしなかったとのこと。『ペスト』は、サブテレニアンでの公演のあと、d-倉庫の”「ペスト」フェスティバル”にも参加するとのこと。(2021.5.4)
 仙台シアターラボは結成より11年。仙台市から舞台芸術を発信し、ワークショップや教育普及事業などアウトリーチも活動の柱としている。代表の野々下孝氏に、今回の作品や劇団の活動、コロナ禍で考えていることなどの話を伺った。

野々下孝

大学入学と同時に仙台で演劇活動を開始。
1997年にシアタームーブメント仙台Ⅱ「光が丘から」に主演。
卒業後、先端的な舞台芸術のカンパニー 劇団山の手事情社に入団。
徹底した自己観察を通じて、現代生活で鈍りがちな対話能力や、身体感覚を研ぎ澄ます訓練を繰り返し行い、集団創作による《山の手メソッド》の確立と発展に関わる。
現代劇のみならず、落語、浄瑠璃、能、ギリシャ悲劇、シェイクスピアなど東西の古典作品を上演。
《四畳半》と呼ばれるスタイルで現代演劇の様式化に取り組む。
韓国、ポーランド、スイス、ドイツ、ルーマニア、ロシアなど海外公演にも多数出演。
また《山の手メソッド》を用いた俳優養成にも力を入れており、各種学校、企業などで、ワークショップや授業を行う。
2010年に活動の拠点として仙台シアターラボを旗揚げ。現在は東京と仙台で活動中。
フィジカルシアターと呼ばれる現代演劇の新潮流をホームグラウンドにして、様々なジャンルに活動の場を広げており、演劇を抽象化する作業と、身体能力には定評がある。

 

「河原でも稽古をしましたよ」---今回の『ペスト』について---

---2010年に旗揚げして、2020年に10周年を迎えたのですね。

 はい。実は…10周年としてあたためていた企画がありまして。現在仙台で活躍している俳優に、かつてシアターラボで共に活動していた仲間がたくさんいるんです。原西君や言言の飯沼君、短距離弾道ミサイルの本田君、そういった方々を客演として迎えて、地域を回る公演をしたかったんです。ところが、このコロナ禍で客演を呼ぶことが叶わなくなりました。
 旗揚げの際も、2010年は実験公演を行い、2011年に本公演『腐敗』を上演しましたが、東日本大震災に見舞われ、予定を延期して行っています。旗揚げも10周年も試練に見舞われていることになります。
 2020年は劇団員を中心に稽古をしていました。コロナ禍のため河原でも稽古をしましたよ
! 劇団員の絆は深まり、困難に立ち向かう強さが生まれました。9月にトライアル公演(Fukushima Meets Miyagi Folklore Project#4 TRIAL 『ペスト〜我々は人を死なせる恐れなしに身振り一つも成し得ない〜』)、12月にシア・トリエと合同公演(Fukushima Meets Miyagi Folklore Project#4 『ペスト〜我々は人を死なせる恐れなしに身振り一つも成し得ない〜』)を経て、2021年5月のサブテレニアンとd-倉庫での公演は単独の本公演となります。

---サブテレニアンのチラシの作品紹介にある、仙台の自立援助ホームを出た青年という設定に想像力をかきたてられます。どこからその発想が出てきたのでしょうか。

 A・カミュ「ペスト」の登場人物、犯罪者のコタールをモデルにしています。ただし、トライアル公演、12月の公演を経て、少しづつ作品が変わってきています。
 いまは土木業を営む一家、三人の息子とその親という設定を軸にしています。合同公演を行った際、実生活で土木業に携わっている出演者が、福島で汚染土をフレコンバックに移す仕事をしていたそうなんです。それが作品のコンセプトになりました。
 A・カミュ「ペスト」には死刑制度を問うテーマもあり、僕たちの『ペスト』では「我々は人を死なせる恐れなしに身振り一つも成し得ない」という言葉を掘り下げています。東日本大震災では、東北の人はみな遺族になってしまったんです。誰一人自分事ではない人はいないということです。
 震災から十年、ペスト、東北の地、それらが重なり合っていく作品です。

 

---2020年のコロナ禍について---

---2020年のコロナ禍で被った影響はいかがなものでしたか。

 様々な演劇祭が企画されていましたが、見事に全部とんでしまいました。自分たちが関わった企画も、それ以外にも。客演を呼ぶ予定だった劇団10周年の企画もそうです。
 アルバイトをしている劇団員には大きな影響がありました。シアターラボは劇団として、学生に進路指導を行う派遣の仕事を受けていたのですが、イベントが無くなってしまったので、半分クビのような状態になりました。ライブハウスのアルバイトも同様です。そのような中、仕事探しをしつつ、河原を走って稽古をしていました。

---稽古はしたいと考えていらっしゃったのですね。

 はい。劇団員はみな「稽古しましょうよ」と。時間はありましたからね。でも、どのようにして行なおうかと…。「密はダメらしい」ということで、屋外の稽古はOKにして。もともと小さな空間で上演するための稽古だったのですが、大声で、大雑把な演技ばかりしていましたね。
 そんな中、渡部ギュウさんが公演を行うと言いまして。(『今は昔、栄養映画館』作/竹内銃一郎 構成・演出/高橋菜穂子 2020年7月@10-BOX)その準備のため、話し合って劇場と稽古場(10-BOX)のルールを設定したんです。それまで各々の劇団が手探りで、それぞれのやり方で利用していましたが、複数の劇団で検討して、劇場としてのウイルス対策のマニュアルを作りました。そこからですね。劇場や稽古場を使えるようになってきたのは。

---それは大きなターニングポイントですね。演劇の現場では感染対策と上演、稽古を慎重に行っているわけですが、新型コロナウイルスの影響の終わりが見えない中、考えていらっしゃることはありますか。

 大学演劇が壊滅的な影響を受けていることが気になります。大学や高校演劇の出身者が地域の演劇を支えているからです。大学の施設が使えないので、公演の数が減りました。高校演劇も同様です。宮城県では高校演劇の総合研修会やリーダー研修会で各地の高校生を集めて講座を行っており、シアターラボは講師を務めているのですが、それも中止になりました。若い方が演劇をやりたいと思ったときに知恵や場を与えられるよう、コロナ禍でも、シアターラボでは門戸を開けておきたいと思っています。
 また、地域間交流も大事にしたいので、東京で公演を行うことも異論はありますが、自粛はしたくないと思いました。

---そのようにして公演を行っていただけることは、大変ありがたいです。

 

---東日本大震災から10年、仙台シアターラボの10年---

---10周年の話に戻るのですが、お聞きしたいことがあります。シアターラボの10年は、震災の復興と歩みを共にしているように感じます。ボランティア活動やワークショップを行い、復興に関わってきた思いと、演劇への思いについてお聞かせいただけますか。

 シアターラボを立ち上げる前、東京で演劇の活動をしていた頃、稽古場で稽古をして劇場で公演を行うという毎日でしたが、実生活と演劇人としての生活が分離しているように感じていました。演劇人としての自分は地域から孤立しているのではないかと。近所付き合いも自分にとっては大事なことなんです。子供もいましたし。舞台の上では演劇人でも、舞台を降りると自分に自信が持てず、何者なのだろうと。僕は、演劇人は生活の上から演劇人であるのが本来のあり方だろうと思うんです。
 元々そう考えていたので、シアターラボでは震災の前からコミュニティ形成を大事にして、ワークショップなどを行ってきました。2011年3月15日も、ワークショップを行う予定だったんですよ。中止になってしまいましたが。
 震災のあと、仙台の演劇人有志がARCT(Art Revial Connection TOHOKU)を立ち上げて、「出前部」といって被災地を回って相撲をしたり、マッサージをしたり、運動やダンスをしたり、公演をしたりという活動を共にしてきました。
 ただし、ジレンマもありました。作品のクオリティを上げることよりも、分かり易く親しみやすいものに偏っていったような気がします。「目の前の人を喜ばせたい」という思いで。それが一番大事なんですけどね。
 作品の照射距離が近いんです。時間的にも空間的にも。5年後、10年後には通用しなかったり、他の地域に行くとまったく受けないとか。
 もっと若い人が見て、「自分たちもやりたい」と思うような演劇がしたいです。

---若い人の目線を大事にしたいという思いに共感します。彼らは未来を見ていますものね。人材育成を大事にしているというシアターラボさんの理念に通じるところがありますね。
お話聞かせていただきありがとうございました。『ペスト』楽しみにしています。
(聞き手・さたけれいこ)
 

2021年4月18日 (日)

サイマル演劇団presents ポエトリーシアター『吠える』---サブテレニアン15周年記念月間

サブテレニアン15周年記念月間
サイマル演劇団presents ポエトリーシアター『吠える』
原作/アレン・ギンズバーグ
構成・演出・美術/赤井康弘

 「僕は見た 狂気によって破壊された僕の世代の最良の精神たちを」で始まるビートの代表的な詩を原作に、他にオクタビオ・バスやホイットマンの詩とともに構成するサイマル的ポエトリーシアター。
 出演は、サイマル演劇団の公演には十年来の常連の葉月結子、一昨年のサイマル演劇団の公演、S・I・ヴィトキェヴィッチ原作『狂人と尼僧』に出演した赤松由美(コニエレニ)、竹岡直紀の三人。三人の共演はこれで二回目となり、より熟成した演技のぶつかりあいが期待される。
 今回は三人の俳優に、コロナ禍での活動や15周年をむかえたサブテレニアンについて、率直な思いをうかがった。

 

葉月結子

高校演劇を経て上京、舞台芸術学院に入学。卒業後、池田聖智子ダンススタジオ「スフェール・グノジェンヌ」に入門。発声、呼吸法、歌唱を様々なアーティストに師事。サイマル演劇団の公演等に多数出演。および映像、パフォーマンス、コント等、国内外ジャンル問わず、フリーで活動を行なっている。

---この十年来、サイマル演劇団の公演には毎回出演されていますね。昨年もコロナ禍で上演自体が危ぶまれる中、12月にE・イヨネスコ原作『Peste≠Peste/私たちが望むものは』に出演していただきました。2020年のコロナ禍は、俳優の活動への影響はいかがなものでしたか。

 予定していた公演がとんでしまいました。主催者の説明では「延期します」ということでした。でも、それがいつのことになるのか主催者も言えずに、宙に浮いている状況です。明日どうなるかわからないという感じで過ごしてきました。

---私生活の影響はいかがでしたか。

 観たい公演ががあったり、友人から観劇の誘いをいただいても観に行けていません。外出も控えています。アルバイト先も営業時間の縮小などで、シフトに入れなくなりました。手当てもありましたが、本当に微々たるものです。

---そのような中で今回も出演していただきありがとうございます。昨年、今回出演される赤松由美さんの企画した動画の配信「シェイクスピアのソネットを坪内逍遥の訳で読む」に参加されていましたね。

 あの企画には本当に救われました。自分で撮って自分で朗読したんですよ。表現する場があるということは、本当にありがたかったです。

---私も葉月さんの朗読を動画で見て、勇気づけられました。葉月さんや、私の好きな俳優たちが朗読している。確かにそこに存在している。企画した赤松さん、そして俳優の存在と意志を感じることができて、感激しました。今回の舞台も楽しみにしています。

 

赤松由美

劇団唐組出身。女優。ポーランド映画の巨匠、イエジー・スコリモフスキ監督の映画に出演すべく、個人事務所コニエレニを立ち上げて活動中。

朗読動画配信
「シェイクスピアのソネットを坪内逍遙の翻訳で読む」シリーズ

ポーランド・ワルシャワの人魚を秋川渓谷でさがす動画『ヴィスワ川の人魚』監督=赤松由美 主演=土屋真衣、山本啓介 撮影中!

今後の出演予定
2021年4月23-25、サイマル演劇団『吠える』板橋サブテレニアン。7月、新宿梁山泊『YEBI大王』ポーランド公演。8-9月八丈島で映画撮影(監督=下手大輔)。12月17日-19日劇団池の下『いわばアラスカ』劇場MOMO

---2020年の俳優としての活動について教えてください。

 劇団池の下の公演が中止になり、演目、出演者等を変え、再度企画した今年12月の作品に出演する予定です。
 また、新宿梁山泊のポーランド公演に参加する予定でしたが、海外渡航が難しいため延期になり、日本のテント公演に参加しました。また、下手大輔監督の映画にも八丈島での撮影に参加しました。

---予定していた公演が上演できない、大変な一年だったと思います。私生活の影響はいかがでしたか?

 アルバイトは休業して、休業手当をもらいながら家にいるという生活でした。これまでは稽古や観劇で飛び回っているような生活だったので、一人で家でじっとしている時間がとても貴重でした。
 ただ、家にいると「俳優としてのスキルが落ちてしまうのではないか」「これからどうなるんだろう」という焦りがありました。

---そのような中、動画の配信「シェイクスピアのソネットを坪内逍遥の翻訳で読む」をはじめたのですね。赤松さんや、私の好きな俳優さんたちの存在と意志を感じて、感激しました。

 はじめはルーマニアの劇場の企画で、シェイクスピアのソネットを世界各国の俳優が朗読して配信するものがあり、そこに参加したんです。「これはよい企画だ!」と思い、自分でも企画してみようと思いました。坪内逍遥さんが翻訳したシェイクスピアの作品があり、とても好きだったのです。自分で企画をたちあげて形にするのは大変でしたが、好評でした。まだソネットをすべて配信したわけではないので、今後も続けたい企画です。

---サイマル演劇団では『狂人と尼僧』に出演されて、稽古ではサブテレニアンを使っていただきましたが、今回、サブテレニアンでの公演に出演されるのははじめてですね。

 はい。観劇で来たことはありますが、出演するのははじめてですね。地下に入って、こういう劇場があるのは「いいな」と思います。クラクフで見た、バーの奥の扉をあけると広がっている、ポーランドの地下劇場を思い出します。唐組を出て、他の人の演出する作品に参加するのは原点に帰るような感触があり、楽しみです。

---ご自身が立ち上げたコニエレニという個人事務所で活動されているのですね。

 はい。コニエレニでは、現在『ヴィスワ川の人魚』という映像作品を製作しています。ポーランドのヴィスワ川を舞台にした作品で、自分で脚本を書きました。故郷の八丈島で撮影しようと思っていたのですが、緊急事態宣言に入ってしまったために、秋川渓谷で撮影しました。上映の際は、ぜひ見に来てください。

 

竹岡直紀

サブテレニアンにて演劇ユニット、ヘアピン倶楽部の旗揚げ公演に参加。
以降ヘアピン倶楽部やサブテレニアンで行われる板橋ビューネ、サイマル演劇団『狂人と尼僧』や唐組の公演などに参加。
今年新たな座組旗揚げに参加予定。団体名未定、12月公演予定。

---2020年の俳優としての活動について教えてください。

 神奈川県の企画「マグカルシアター2020」にヘアピン倶楽部として参加することになっていましたが、「マグカルシアター2021」として今年の11月に延期になりました。また、他にも出演依頼をいただいた劇団の公演が中止になったりもしています。

---私生活のほうはいかがでしたか。

自分も活動できないけど、世間も動いていないという不思議な時間でした。アルバイトは、中高年の方が休みをとった分、逆に忙しくなるという生活でした。ほとんど誰も乗っていない電車で自分だけはアルバイトに行くという生活でした。

---サブテレニアンでの公演には多数出演されていますね。

はい。ヘアピン倶楽部という劇団で何度も出演しました。いろいろと融通をきかせてもらって助かりました。僕は東京乾電池の養成所にいたんですが、その稽古場も地下にあるんですよ。割と似た雰囲気があります。ブラックボックスで、まったく光が入らなくて。不健全な感じが好きですね。ずっと稽古していて、外に出てみると太陽が明るく照っていて、「あれ」みたいな。

---性に合っているようなところがあるのでしょうか(笑)今回の舞台も楽しみにしています。

(聞き手 さたけれいこ)

2020年10月13日 (火)

ことのはbox「班女」稽古場レポート11

本日で稽古最終日。
今日も前日に引き続き、早朝から開始する。
昨日と今日は、本番を想定して、30 分の仕込みから行い、その後通しとなる。 仕込みももうだいぶ手慣れたもので、時間的にも余裕を残して終えることができているの で、その時間を現地での今までとの違いなどへの対応に充てることができるのではと推測 できるので多少の戶惑いがあってもどうにか対応できるのではないだろうかと踏んでいる。
最後の通しではあるが役者陣が皆朝から雰囲気が軽い様子であったのが印象的だった。 各々思うことはあるのだろうが、必要以上の緊張や気負いはやはり芝居を作る上では邪魔 だと思うので、今朝の皆の表情や雰囲気には少し安心するものがあった。
その影響もあってか、通し自体も良い通しであった。 これまで積み重ねてきたものをしっかリ大事に、丁寧に紡げた通しであったのではないだ ろうか。
通しの後は少々休憩を挟み、最後の小返しを少し。 ここ数回のランタイムが短くなっていることにメスを入れる。 この小返しで一部失いかけてた感覚も戻ってきたようなので一安心か。 これを 100%本番で出せるよう臨むだけだ。
総じて、胸を張って良い作品だと言える出来になったと思う。 今回、我々酒井班の「班女」ははっきり言って凝った演出や驚くような演出は全くない。 ただただ愚直なまでに真っ直ぐに戯曲と向き合い、その世界観を、その色と音をただただ誠 実に丁寧に紡ぐのみ。それこそが酒井演出の武器であり見どころだ。 凝ってはいないが、どこにも負けない「拘り」を持って創り上げてきた。 これが見る人の目にどう映るかはもはやその瞬間まで我々に知る由もないが、「コンクール」 という舞台に敢えて可能な限り無駄を削ぎ落とした「引き算の演出」で挑む我々は視点を変 えればある種の飛び道具なのかもしれない。
明日、1 日のオフを設けて明後日の今頃には豊岡にて宿で酒井やスタッフ陣と作戦会議をし ている頃だろうか。 コンクールの結果がどのようなものになるにしろ、我々のやることは一つ。 誠実に芝居を創ることだけだ。

演出助手 岡崎 良彦

ことのはbox「班女」稽古場レポート10

本日は 2 度の通し。 コンクールの運営側からのお達しがあり、当班はゲネ、本番共に早い時間での公演となった ので、本日最初の通しは朝 9 時を集合時間として可能な限り実際に近い環境での通しを行 う。
一見それほど大差のない試みかもしれないが、特に役者陣からしたら入り時間や公演時間 は大変シビアな問題だ。 起きる時間、アップの時間、自分自身を整える時間...様々あるとは思うが、通常の舞台公演 においてこれほど早い時間に本番を迎えることはないのでこういったシミュレーションは 大事だ。
役者それぞれにベストなコンディションがあり、そこに至るためのルーティンであったり 準備などあると思うので、そこに至るまでのプロセスなどについて個々人で差があるだろ うからその感覚を覚えておくことは本当に大事だと思う。
私が演出をするときにもキャストには伝えるのだが、やはりメンタルや身体の状態の管理 だけはどれだけ伝えてもこちらでどうにか出来ることではないので感覚を覚えてもらう他 ない。 普段の公演ではそうそう有り得ない時間帯での作品作りになるため、自分も含めてしっか り集中してやっていかねばならない。
本日の通しは昼夜ともに芝居の内容としては悪くなく、特に夜の通しに関してはこれまで 積み上げたことや直近の返し稽古でやったことなどを大事にしながら演じることが出来て いたと思える通しであった。
テンポや表現の面でさらに突き詰めたい部分は尽きはしないがそれはきっと良いことなの だろう。 まだまだ出来ることがあるというのはもちろん終わりがないということではある反面、 日々役者陣が更なる先へ進み続けている証拠ではあると思うので、この姿勢を崩すことな く、兵庫いりに臨んでもらいたい。
また、個人的な話ではあるが、仕掛けの面ではミスはあったものの実際には大きな問題なく 進めることが出来たのは良いことの一つではあったが一度きりの本番しかないコンクール であることを考えるとやはり、ミスは許されないので現地では殊更に集中して臨みたい。

明日で最後の稽古日を迎え、15 日には兵庫入りだ。 ⻑いようであっという間に過ぎた、というのは稽古をしていると毎度の感覚ではあるが これだけ濃密で深い稽古をできていることは誇るべきことであるし自信にしてもらいたい と思う。
明日は泣いても笑っても最後の稽古日。 更なる高みに向かって実りある稽古であるよう願っている。

演出助手 岡崎 良彦

2020年10月12日 (月)

ことのはbox「班女」稽古場レポート09

本日は 2 度の通しを行った。 日中の通しは、若干役者陣の疲れの見えるかという通しに個人的には感じた。 連日の昼夜稽古に加えて、悪天候による急激な気温の変化。劇中でも少々無理をして声を出 さねばならない部分もあるのでもちろん体力は削られているのだろう。 しかしながら、現地に到着してからはさらに過密スケジュールとなるので、体調管理やコン ディション造りも役者陣の大事な仕事ではある。 また、ダメ出しに於いて演出の酒井が「なぞっている部分が多い」ということにメンション したのだが、見ている間に私が感じた違和感というか、乗り切らない感はおそらくそれなの だろうかと思った。
今回の「班女」はわずか 9 ページ、1 時間足らずの戯曲であるため、2 時間の芝居の稽古と 比べてしまうと必然的に全体を通す回数というのは増えていくし、役者自身もはや何周目 か考えることもバカらしいほど読み込んでいることに違いない。 固定稽古場に入り、固めるべきとこを固め、コンクールのための「完璧性・再現性」にアプ ローチしてゆくに当たり、ある種の「慣れ」や「飽き」はもちろんあるのだろう。 それ自体が悪というのではなく、それに対して 1 役者としてどうアプローチをかけて、ど のようにその状況を打破していくのかがやはり肝となってくると思う。 自分自身もそうだし、様々な演出家が口にすることであろうが、役者は板の上でその役のそ の瞬間を「生きて」いなければならないため、何千何万回と繰り返したシーンであっても常 に新鮮な状態で板の上に立ち、そこで起こること、今まで稽古で起こしてきたことをその瞬 間に嘘無く起こして演じなければならない。 口で言うのは簡単ではあるが、役者陣からすればそれほど難しいことではないだろう。
しかし、酒井演出の真髄、そして「戯曲」というものの確信はやはりその場で起きる微細な 心の機微であり、その上に成り立つ繊細な会話であると思うためにその点については演出 も役者もどこまでも貪欲で敏感でなくてはならないと強く思う。
午後の通しは日中にダメ出しを受け、日中よりは良い通しであったと思う。 残り稽古日数は 3 日間、4 回の通し稽古を予定している。 役者陣には、厳しい戦いではあるとは思うが、改めて新鮮な気持ちでこの戯曲に向き合い、 しっかり板の上で「生きて」、瞬間瞬間で起きる物事に敏感であって欲しいと願う。
また、私個人のことになるが、本日の通しでは仕掛けに 2 度のミス、それも似たようなミス を繰り返してしまったので反省せねばならない。

稽古終了後、演出の酒井に指導を受け、修正を行う。 ひとまず解決策は見えたので明日またミスの無いよう細心の注意を払って仕込みに臨もう。

演出助手 岡崎 良彦

«ことのはbox「班女」稽古場レポート08